醒酔笑 5

2017-7-7

 ご機嫌よろしゅうございます。
先月まで「醒睡笑」の中から茶の湯にちなんだお話を
ご紹介してまいりました。
策伝が、茶を織部に学び、遠州公との交流深い人物であったことは
先日お話いたしました。
浄土宗西山派誓願寺55世法主となった後、元和9年70歳で
塔頭竹林院隠棲、織田有楽・千道安の一字を合わせて
「安楽庵」と号しました。
茶器、書籍を多く所持していたことが「安楽庵名物帳」でわかります。
茶の湯では裂地においても安楽庵裂の名で馴染みがあります。
安楽庵裂とは一重蔓あるいは二重蔓の唐草の間に牡丹の花を
配したものや宝尽し紋のものが多く見られます。
『古今名物類聚』には、安楽庵として紺金地木瓜雨龍紋、
柿色金地一重蔓大牡丹、浅黄色金地木瓜折枝紋、浅黄金地雲龍紋、
萌黄地瓦燈竜紋などを載せています。
文様や種類は雑多で統一的な特色はなく、
一般に17世紀初頭の近渡りと、それ以後の今渡りものが
多いといわれています。