蟄居

2020-7-1

 文月の声を聞くころになると、例年であれば「また今年も猛暑なのか」「真夏日は何日続くのか」といった気温に関することや、「台風や豪雨」による災害についての話題を口にすることが多い。ところが今年に限っていえば、やはり新型コロナウイルス一辺倒といってもよい。本来であれば、東京オリンピック・パラリンピックの話題で日本中が熱狂の渦に包まれているはずであった。来年に延期が決まったとはいえ、これも定かではない。ほかのスポーツイベントも、いまだ先行きは不透明であり、多くの国民が、当事者ではなくとも春・夏の甲子園大会が中止になったことを残念に感じていると思う。そうこうしているうちに、今年の半分が過ぎてしまった。

 私は三月以降は、出張は中止、また宗家関連の行事の一切をとりやめて、若宮町から一歩も外へ出ない毎日となった。どのように時を過ごしていくか、当初は漠然とその日にできること(身の周りの掃除や日ごろ溜めている書物など)をしていたが、いつの間にか一日が過ぎてしまうということに、危機感を感じるようになり、計画的に毎日を過ごすことにした。三月半ばからは早朝に剣道の素振りを開始した。毎日となると一人では続かないので娘達と一緒に私が号令をかけながら行なっている。もちろんマスク着用である。朝食後に薄茶を三~四服いただく。これは常のことでもあるが、今までと違うのは、遠州公ゆかりの茶碗など、つまりお茶会で使うような茶碗を蔵から出してお茶を味わう、ということ。蟄居生活の自分に対しての、せめてもの慰みである。その後は遠州の消息など未読のものの解読や、巻物、冊子などを久しぶりに出し、しばし勉強・研究の時間をもった。書いてみたかった和歌なども、多少書いてみたりしている。

 食事も外食とはいかず、妻と二人の娘の手に任せることになり、食事の場所を変え、床の間に、やはり遠州や江月、松花堂などの掛物を掛け、学びながら食事を楽しむことにした。緊急事態宣言発出以降は、世の中の雰囲気も沈みがちになるので、気持ちをいかにして転換できるかということに腐心した。そういう意味では、茶道の学びは大いに意義があると再認識している。掛物や茶碗をかえ、食器を選び、自分の取合せをする。数の多さではなく、あくまでも工夫により、物の見え方に変化をつけ、同じものでも、ときには主役、あるときは脇役という扱いで、心を豊かにできる。これこそ茶の心なのだということを改めて感じている毎日である。

 七月以降、状況がどのようになっていくかはいまだ分からない。わかっているのは、今までと全く同じには戻らないということ。となれば、これからの一、二年は、現実を踏まえた方法を創造するということであろう。きっと数年たてば、その努力と忍耐は報われるはずである。人間の歴史というのは、そういうものだと認識し、新しいスタンダードを構築する方向に専念するしかないと思う。