東海道旅日記 「下りの記」訳文2

2021-1-22 UP

→先週の続き

山の方へ眼をやると、そこだけが時雨が降っており、
見過ごしがたい眺めだ。

出てゆく けふの別を おしといふ 
けしきながらの 山の時雨は

と、独り言ちする。
伴う人はいても、歌を詠む者ではないので、
この山の景にさへ不満そうな顔でいるのも
言葉こそださないが嘆かわしい心地でいると、
舟は矢橋の浦に到着した。
見送りに来てくれた人たちに、
別れを告げて舟から上がり、此の里を出る。
東の方角に向かえば鏡の山、おいその森も近い。
この山も時雨れて曇っている。

心ありて くもる鏡の山ならん 
老そのもりの かげやうつると

と、また独り言ちして進む。
戌の刻(20時前後)水口の里に着く。
ここにまで都より人が訪ねてきてくれていろいろと話をしている程に、その夜も更けていった。

★「茶の湯と日本人と」(幻冬舎)が
ギャラリーきほう及び全国の書店にて発売中

東海道旅日記「下りの記」  訳文1

2021-1-15 UP

ご機嫌よろしゅうございます。
今日から本文の訳をご紹介致します。
以下訳文

10月の8日江戸に向かうことになり
江月和尚より餞別の志を一偈にして、
手紙を添えてよこしてくださった。
公儀の用が忙しく、手紙を開く暇もなく
日も暮れ、伏見の里を朝も早くから出発し、
関山を越えて内出の里に到着する。
そこかしこから人が集まってきて、
心せわしくあわただしくしているうちに時も過ぎていった。

瀬田の長橋を渡ろうとするが日が短いので、
うち出の濱から渡し船に助けられて琵琶湖をすすむ。
北を見れば焦がれてやまない滋賀の故郷がみえる。
唐崎の松も懐かしく思われる。

ふるさとの 松としきかば旅衣 
たちかへりこむ しがのうら浪

東海道旅日記「下りの記」 遠州の江戸詰四年

2021-1-8 UP

遠州公の「下りの記」は神無月、
10月の8日から始まります。

そしてこの寛永19年10月に遠州公は
江戸の飢饉対策奉行となっています。
「公の事しげくに…」と記されていた背景に
はこのお役目があったのでしょうか。

この年、寛永の大飢饉がおこり全国的な
飢饉にみまわれます。
農民たちは作物の育たない田畑を手放し、
身売りや江戸へ流入し、
飢えに苦しむ人々であふれていました。

その対応に追われていた幕府は、知恵伊豆と
言われていた松平伊豆守信綱を中心に、
畿内の農村掌握の第一人者であった遠州公も
連日評定所にて協議を行いました。

このとき、将軍に茶道指南を請われたともいわれ、
この先4年間江戸にとどまることとなり、
俗に「遠州4年詰め」と呼ばれています。
この飢饉対策の対応のため動く幕閣や、
江戸に参集していた各地の大名に
遠州公の茶が広まるきっかけともなるのでした。

きれいさびの日々

2021-1-2 UP

皆様あけましておめでとうございます。
今年一年の皆様のご多幸とご健康を
心よりお祈り申し上げます。

本年もメールマガジン「綺麗さびの日々」を
どうぞよろしくお願いいたします。

今年は、昨年ご紹介してまいりました小堀遠州公筆
「東海道旅日記」の「下りの記」をご紹介してまいります。
「上りの記」が綴られてから21年の歳月が流れ、
遠州公64歳での日記となっています。
当時の平均寿命が50歳位であったことを考えると
多忙な日々を過ごしながらも、大変長寿であったといえます。
 
 元和七年の「上りの記」と比較すると、13日であった
旅程を10日という急ぎ旅で、
書体も心なしか走り書きの様子が感じられます。

嬉しいお知らせ

2020-12-17 UP

ご機嫌よろしゅうございます。

本日は嬉しいお知らせを二つ。
小堀宗実家元の、令和2年文化庁長官表彰受賞式が執り行われます。
また、新刊「茶の湯と日本人と」(幻冬舎)が全国の書店にて発売されます。
磯田道史(歴史学者)
漆 紫穂子(品川女子学院理事長)
井上康生(全日本柔道男子監督)
石井リーサ明理(照明デザイナー)
モーリー・ロバートソン(国際ジャーナリスト)
千田嘉博(城郭考古学者)
葉室 麟(直木賞作家)
各界で活躍する「七賢人」と宗実家元が
それぞれの分野をフィールドにしながら、日本人と茶の湯の心を語り合います。
それは皆さんの日常生活を豊かにするヒントとなるかもしれません。
コロナ禍の今こそ、古の日本人が紡ぎ続けてきた茶の湯の心にふれ、
「新しい日常」を手にしてみませんか。
年末年始に是非ご覧ください。

東海道旅日記 上りの記 最終回

2020-11-20 UP

遠州公の「旅日記」から、東海道の道を
少しづつ進んでまいりました。
その昔、旅は一部の位の高い人のみが許されるもので、
人々の旅行は許可されていませんでした。
宿もない時代ですから、食料の調達や設営など考えれば
難しいこともあったでしょう。
平和が訪れ、次第に宿泊施設が整い、
「旅」は一般大衆も楽しめるものになっていきました。
「旅日記」に記された旅は、遠州公の私的な旅行とは異なりますが、
実際にその足で進んだ道中は、
旅のつらさも楽しみに変えている様子が日記から伝わります。
今年の始まりからステイホームの日々が続き、
これまでのように気軽な旅行もままならない状態となりました。
「旅」という非日常の時間は、日々の生活や私たちそのものに、
心の潤いと活力を与えてくれるものなのだと改めて「旅」というものについて深く考えさせられる一年となりました。
一日も早くコロナの収束を迎え、あるいはwithコロナでの新しい形のもと、
また安全で楽しい「旅」ができることを祈るばかりです。
遠州公の「旅日記」は今回ご紹介した「上りの記」の他に、
64歳の時に記した京都から江戸に向かう「下りの記」があります。
2021年新年より、「下りの記」をご紹介していく予定です。どうぞお楽しみに。

★新作★ 不傳庵宗実の温茶会 vol.3 \新作のご案内!!/

2020-11-19 UP

日頃より「綺麗さびの日々」メールマガジンをご愛読いただき有難うございます。
この度、ご好評いただいております不傳庵宗実の温茶会の新作「vol.3 初冬の取り合わせ -濃茶-」が11月21日(土)より、配信される事となりましたのでご案内申し上げます。
是非この機会にご覧いただきます様よろしくお願い申し上げます。

★不傳庵宗実の温茶会 vol.3「初冬の取り合わせ」濃茶★ \11月21日(土)より配信開始!!/

遠州茶道宗家13世 不傳庵 小堀宗実家元によるオンライン茶会。
風炉の季節に催されたvol.1「盛夏の取り合わせ」に続き、今回は炉の時季の到来と共に催される茶会でのvol.3「濃茶」をお届けします。
vol.3「濃茶」は、vol.2「初炭」に続く内容になっております。3編とも宗実家元の美しい点前をノーカットでご覧いただけます。
また、遠州茶道宗家に伝わる名品を詳しく解説。臨場感のある美しい映像と音のなか、特別な時間をお過ごしください。
「不傳庵宗実の温茶会」どうぞお楽しみください。

▼【新作】不傳庵宗実の温茶会 vol.3「初冬の取り合わせ」濃茶
www.enshuryu.com/online/onchakai003/

▼お問合せは…
遠州茶道宗家 事務局
TEL 03-3260-3551

「東海道旅日記」 旅の終わり

2020-11-13 UP

江戸の屋敷を出て13日、ようやく旅も終わりです。
逢坂山の紅葉も美しく遠州公一行を出迎えてくれます。長旅も終わりが見えてくると、その先に控えている公務が頭をよぎります。
元和7年(1621)、遠州公43歳の9月12日に江戸を出て、12泊13日の10月4日に京に到着。
三条にある屋敷に戻られたのではないかと思われます。(2015 5,7メルマガ 三条屋敷参照)
これ以後の遠州公は
元和9年(1623)伏見奉行となり、生涯務める。
        大坂城本丸仮御殿作事奉行
寛永元年(1624)二条城並びに行幸御殿作事奉行
寛永3年(1626)大坂城天守本丸作事奉行 
        伏見奉行屋敷完成
寛永4年(1627)仙洞御所の作事奉行
と多忙な40代となります。

「東海道旅日記」 三条大橋

2020-11-6 UP

旅の最終地点となる三条大橋は、
鴨川にかかる京都市三条通りの橋です。
室町時代には架橋の記述が残る三条大橋ですが、
天正18年(1590)に秀吉が命じ、
石柱の強固な橋に生まれ変わります。
日本の石柱橋としては最初のものでもあり、
秀吉の支配権の象徴ともいえる架設でした。
江戸時代にはいると、徳川幕府は三条大橋を
東海道五十三次の終点と位置づけて、維持管理を行いました。
17世紀半ばから幕末にかけては35回の改修工事の記録が残り、
鴨川の洪水の激しさと交通の要としての三条大橋の存在が伝わってきます。
架設されて以来、長い長い歴史を見守り続けてきた京都の橋です。
大正6年(1917)4月27日に日本で最初の駅伝「東海道五十三次駅伝競走」がここからスタートしたことを祈念して、碑が建てられています。

東海道旅日記 「走井の走井餅」

2020-10-30 UP

走井(はしりい)には東海道名物の「走井餅」があります。
遠州公の頃にはまだ現在の形ではなかったようで、
はじまりは明和元年(1764)、十代将軍徳川家治の頃、
湧水「走井」と近江の米でつきあげた餅は、旅人の疲れを癒したようです。
両端がすぼまり細長い独特のかたちは、走井の水量豊富な水の流れ、
走井で名剣を鍛えた刀鍛冶の故事に因のだ刀の形と所説あります。
またこの餅は落語にも登場しています。
「東の旅」
(正式には「伊勢参宮神乃賑(いせじんぐうかみのにぎわい)」という旅話。)
の「走り餅」の段では登場人物が、
大津名物の走井餅を食べてしゃっくりが
止まらなくなるというお話が描かれています。
旅人がこの走井餅を楽しむ様子を描いた
歌川広重の「東海道五十三次 大津 走井茶店」
この茶店は現在では月心寺としてその姿を残しています。