東海道旅日記「下りの記」  10月12日 訳文

2021-9-17 UP

12日
なんという山かと問うても、霧が立ち込め
どこともわからず、言葉もない。
吉田の城主は古くからの知り合いなので、
手紙を送る。
二かわの里に寄って白須賀の里で休憩し、
さらに新居の渡し船を経て前坂という場所に一泊。
この入海は浜名の橋に続くところである。
古歌にも

 かぜわたる 濱なの橋の ゆふしほに

 さされてのぼる あまのつりふね

と歌われている。
ふるさとを思い出し、さしてうまくもない歌を
詠んでみようという気分になった。

俄に風が激しくなり、雷もひどくなった。
海面が光り、波の音が枕を動かし、時雨は
旅の床をひたひたと迫ってくる心地がする。
伴っている童共が怖がって騒がしく、
ここはどこなの?などと眠れずに騒いでいる。
風はなおも激しいが、時雨の中浮かぶ雲を
吹き払って月の光が冴えわたっている。