古曽部焼②

2019-5-22

ご機嫌よろしゅうございます。
今日は古曽部焼の歴史のお話しを。
寛政三年(1791)五十嵐四郎兵衛新平が京焼風な窯を築いて再興しました。
以後代々「古曽部」の印を用いて京焼風の茶陶や高取・唐津・絵高麗・南蛮写
などの雅陶を制作しました。特に二代信平は名手として知られています。
通常焼き物は集落に何軒かの窯元があり、焼き物を作りますが、
古曽部焼は、五十嵐家を唯一の窯元とする、五十嵐家の家業として生産されていました。
古曽部窯は、五十嵐家の敷地内に設置された登り窯の名称で、
最後に製品が焼かれて後20年以上すぎた1950年代に破損、窯を閉ざしたまま現在に至っています。