心の駒(こま)

2014-12-13

12月13日 心の駒(こま)

ご機嫌よろしゅうございます。
今年も残すところあと数日となりました。

茶の湯では年の初めに用いた干支のお道具を
この年末に再び使って、
一年を振り返りつつお茶をいただきます。
宗家の稽古場では、家元が今年好まれた
「手綱・七宝文」の茶碗が再び使われていました。

遠州公自詠の和歌に

よしやただ 心の駒は あれぬとも

ついにのりしる 道を尋ねむ

という歌があります。

駒というのは馬のことで
どんな荒馬であっても、その御し方次第で
最後にはその荒馬も乗りこなすことができる
ということから、
激しい変化に翻弄される日々の中にあっても
己の心を正しく持ち、荒馬のごとく
乗りこなすことができれば、仏の世界を知り
立派な人間となることができる
ということを表した歌です。

遠州公の時代から400年以上経った今
世の中は便利なものに溢れ、豊かになりました。
しかし、私たちの心はどうでしょう?
どのような状況にあろうとも、
己の荒馬を乗りこなし、
自在に操れるようにありたいものです。