7月 17日 (金)遠州公所縁の地を巡って

2015-7-17

7月 17日 (金)遠州公所縁の地を巡って
「名古屋城」

ご機嫌よろしゅうございます。

慶長十三年(1608)に駿府城の造営の命を受け、
その四年後には尾張藩名古屋城天守閣作事奉行
を拝命します。
この城は大坂冬の陣・夏の陣に備えてつくられたもの
でしたが、大勢はほぼ徳川の勝利
遠州公は、天下泰平の象徴となるような優雅で
美しいお城を作りました。

一方以前ご紹介した大阪城は、豊臣勢力の象徴
ともいえ、西日本支配を確立するために
豊臣方の威光を完全に払拭する城をつくることが
求められました。そのため従来の城にくらべ
より大きく、権力を誇示する外観となっています。

天下泰平を象徴する名古屋城
権力の象徴であり豪壮な大阪城

同じお城でも、求められる役割がそれぞれに
あったということが興味深いところです。

遠州公はこれら城郭建築に手腕を発揮し、
その名を世に知られていくことになります。