片桐石州

2013-11-20

皆様、ご機嫌よろしゅうございます。

本日は遠州のあとに、将軍家茶道指南役となった片桐石州の命日です。

 

≪人物:片桐石州≫

片桐石州は慶長10年(1605)に大和小泉藩の初代藩主・片桐貞降の長男として生まれました。

賤ヶ岳の七本槍の1人である片桐且元の甥にあたります。

遠州より27歳年下で、関ヶ原の戦からも5年経ってからの誕生であり、当時の著名な茶人たちとは、一回り下の世代に属していました。

石州は千利休の実子である千道安の茶の流れを汲んでおり、道安の弟子である桑山宗仙に学んだと言われております。

やがて遠州の後、将軍家茶道指南役になる人物ですが、茶系としては千家の茶の流れであり、大名茶でありながらも、楽の茶碗を使用するなど、その特徴を随所にみることができます。

 

遠州の茶会には3回招かれており、他にも金森宗和や松花堂昭乗など、多くの茶人と交わりました。

寛文5年(1665)には、4代将軍徳川家綱の所望によって点前を披露し、その後、茶道指南役となり名を馳せます。

やがて石州を流祖として石州流が生まれ、江戸後期に『雲州蔵帳』を編纂した松平不昧や、大老であった井伊直弼がその流れとして知られております。

延宝元年(1673) 11月20日、69年の生涯を閉じました。