7月 31日(金) 遠州公所縁の地を巡って

2015-7-31

7月 31日(金)  遠州公所縁の地を巡って
「伏見奉行屋敷」

ご機嫌よろしゅうございます。
今日は伏見奉行屋敷についてご紹介します。

元和九年(1623)十二月
遠州公は伏見奉行に任命されます。
以後六十九歳で亡くなるまでの二十三年の間
この職を勤めることになります。

この元和九年の七月には二十歳の家光が
三代将軍となりました。

伏見奉行となった遠州公はそれまでの
奉行屋敷が手狭で不便な場所であったため、
豊後橋詰に新しく屋敷をつくります。

この新しい奉行屋敷は、
奉行所としての機能と、奉行の居宅としての
機能を併せ持った建物でした。
また他の奉行所と異なり、特徴的なのは
数寄屋・鎖の間・小書院・小座敷など。

茶の湯で使用する目的で配された部屋が
多く配され、茶の湯が単なる趣味的なものではなく
伏見奉行としての役職に生かされ、政務と茶の湯が
深く交わってていたことが読み取れます。

この庭園は伏見城の礎石などを利用して造られた
もので、上洛した三代将軍 徳川家光を迎えたとき、
この立派な庭園に感心されたといわれています。
この庭園についてはまた来週紹介します。