遠州公ゆかりの茶陶

2018-4-24

〇上野焼の歴史

ご機嫌よろしゅうございます。
今月は九州の焼き物、上野焼についての
ご紹介をいたします。漢字だけみると
「うえの」?と読みたくなりますが
「あがの」と読みます。
上野焼は利休の高弟子で知られる細川忠興(三斉)が、
関ヶ原の戦いの後に豊前藩主となり、
慶長7年(1602年)に朝鮮出兵で渡来していた
李朝陶工の尊楷を招き、陶土に恵まれた上野の地
(釜の口窯)で窯を築いたのが
始まりとされています。
細川家が転封を命じられ尊楷も共に熊本へ移って
以後も尊楷の妻や孫が窯を守り、
小笠原家歴代藩主が愛用した藩窯として栄えました。
昭和58年には国(通産大臣)の伝統的工芸品の指定を受け、
現在は20以上の窯元が上野地区などに点在しています。