6月 12日(金)遠州公所縁の地を巡って

2015-6-12

6月 12日(金)遠州公所縁の地を巡って
「大坂城」

元和六年(1620) 遠州公42歳
大坂の陣で焼失した大坂城の再建に関わります。
この時は城の周縁部の櫓や門の修繕の奉行をつとめました。
寛永三年(1626)には天守本丸作事奉行となっています。

さて2014年、2015年は
大坂冬の陣(1614年)・大坂夏の陣(1615年)
から数えて400年を迎える節目の年となります。

そこで2014年・2015年は「大坂の陣400年」と位置づけ、
大坂城を拠点として大阪全域で「大坂の陣」
の史実に触れるイベントを開催しています。
昨年には大阪城公園内の「一番櫓」「千貫櫓」「多聞櫓」「金蔵」
の4箇所が公開となりました。

この特別公開された櫓は、大坂の陣で焼失後、
徳川幕府の手によって建造されたもので
このうち「千貫櫓」は遠州公が大坂城作事の際
担当した櫓と言われています。
大坂城内に残る建物の中では、西の丸内にある
乾櫓と並んで最も古い建造物です。

公開期間中、櫓の成り立ちや役割、機能を解説する展示を
中心に、大坂城築城普請に大きく貢献した人物、
徳川秀忠・藤堂高虎、それに遠州公の紹介も詳しくされました。