遠州公ゆかりの茶陶「朝日焼」③

2018-12-5

ご機嫌よろしゅうございます。

今日は遠州公と朝日焼についてのお話しを。

朝日焼は慶長年間(1596~1615)、奥村次郎右衛門籐作(生没年不詳)が宇治朝日山に築窯したことが始まりとされています。

初代藤作の作った茶碗は豊臣秀吉に愛玩され、御成りあって以後藤作を陶作と改め、家禄を賜ったと伝えられています。

そして正保年間(1644~1648)に、当時茶の湯の第一人者であり、宇治に隣接する伏見の奉行をしていた遠州公の指導と庇護を受け、遠州筆の「朝日」の二字を使うことを許されたといわれています。

茶碗に印を残すという行為は当時珍しかったようです。

また遠州公は宇治の茶師である上林家との交流もありました。

朝日焼は宇治のお茶を壺に詰めて納めるときに、「このお茶碗で召し上がってください。」

と茶碗を添えて送ったといわれ、宇治茶の発展に伴って進物として需要が高まりました。

そして、遠州好みの茶陶として公家や茶人をはじめ全国の大名に広く知られ好まれるようになりました。