矢作橋と秀吉

2020-4-24

旅日記に登場する矢作の地は、日本武尊がこの地の竹で矢を作らせ、東夷征伐をしたことから「矢作」となったといわれています。この地に架けられた矢作橋は海道一の大橋で、天下第一の長橋とも称されています。この橋の西側には、ある石像が立っています。 豊臣秀吉がまだ日吉丸と名乗っていた頃、父を亡くし奉公先から逃げ出し放浪。 この橋で野宿していた折に蜂須賀小六に出会い頭を踏まれたことに抗議したとされる逸話をもとにしています。しかし実際に矢作橋が完成したのは、秀吉が亡くなって後の慶長6年(1601)の事。江戸時代の中期に作られた「絵本太閤記」にでてくるお話がもとになってできた伝承のようです。