古今伝授

2019-10-17

まち古今伝授の
三島から沼津へ移動。一行は黄瀬川のあたりを進んだと考えられます。
この地域を流れる黄瀬川は、いろいろな伝説の多い地でもあります。
室町時代の連歌師飯尾宗祇は、1471年(文明3)この地で戦闘のため陣を張っていた武将・
東常縁(とおのつねより)から古今伝授を受けたといわれています。
「古今伝授」とは「古今和歌集」の解釈等を伝えていくもので、平安時代末、藤原基俊か
ら俊成・定家と代々二条家に伝えられ、その後東常縁に伝わりました。
公家の三条西実隆も宗祇から古今伝授をうけ、その実隆に武野紹鷗が和歌を学びます。
そして和歌の心が茶の湯の中にも影響を与えていくこととなります。

富士の山

2019-10-16

冨士の山遠州公筆 富士の絵賛

いよいよ富士山が見えてきました。
原の宿近辺の浮島ヶ原と呼ばれる地域は街道一の富士の眺めと称されて、昔から和歌の枕詞としても有名です。
当時活火山であった富士山には煙があがっていました。
その絶えぬ煙に、思い出深い人のことなどを想う己の心の内を重ね合わせて遠州公が歌を詠みます。

わがおもひ いざくらべ見む 富士の根の
けぶりはたえぬ ひまやありなむ 

一般の人にとって富士山を実際にみることは、一生に一度あるかないかのことでしたでしょう。
遠州公は、その雄大な姿を多くの歌に詠みまた富士の姿があまりにも美しいので、
懐紙を二人の供の者に持たせて、富士の姿を懐紙に写し取ったといわれています。