向栄会 呉服 江澤秀治氏

2018-10-12

ご機嫌よろしゅうございます。

浅草寿町で呉服屋「ちくせん」を営む江澤秀治氏。
こちらは昔ながらの背負い(しょい)呉服の流れをくみ、お客様のお宅に伺い、
誂えるというスタイルです。
店舗がないぶんだけ、安くお客様に呉服を提供できるというわけです。
そして自分の好きな柄や色で着物を誂えていただけるのです。
お茶席にふさわしい色柄を相談できるのも嬉しいところ。
御尊父の代で「ちくせん」を開業し、28歳でその跡を継ぎました。
秀治氏二代で遠州流茶道を戸川宗積氏に学びます。
江澤さん
遠州流では毎年御家元が、干支やお題にちなんだデザインで新年と夏に袱紗を好まれます。
その袱紗を手掛けているのが江澤氏です。
その洗練されたデザインと色は遠州流の綺麗さびならでは。
茶会では他流の方の目を惹きます。
御先代・紅心宗匠の代から好みの袱紗が始まり、御先代の得意とされた大和絵をモチーフにした、たくさんの袱紗が生まれました。そして現在は十三世宗実御家元が毎年好みの袱紗をお考えになっていらっしゃいます。
宗実御家元のお考えになるデザインは、江澤氏の頭の中にはない新鮮さがあり、御一緒に翌年のデザインを考えるのはとても勉強になるし楽しみですとおっしゃる江澤氏。
「今年の袱紗は御題「語」にちなんでいくつか図案を御家元にご覧にいれたところ、その本の図案の中に、遠州公の遺訓から「春はかすみ」といれてはと御提案がありました。
ご相談に伺うとたくさんのアイデアがすぐにでてきますので、御家元の感性で常日頃からお考えをふくらませていらっしゃるんだなと感じます。」
ちなみに来年は年号が変わることから、これまで一色だった袱紗の色を二色に。そして平成三十一年という数字から三十一の七宝と菊をあしらったデザインになっています。これも御家元のアイデア。来年の袱紗を拝見するのが楽しみです。
干支や御題に因んだ図柄と、日本ならではの優しい深い色みとの組み合わせは、御家元と江澤氏の翌年への想いが詰まった一枚です。

向栄会 菓子 源田萬年氏・恒房氏

2018-10-11

宗家研修道場の稽古や遠州流茶道の茶会では「源太萬永堂」の

お菓子をよくいただきます。

源田萬年氏は、修業先で戸川宗積先生のお稽古場にお菓子を納めるようになり

その後独立、宗積先生から本名の「源田」にちなんで、歌舞伎「悪源太」から

「源太」の名前をいただきました。

悪源太は豪勇で知られた源義平のあだ名。強いという意味と源が太るという

縁起の良い字ということでこの名がつけられました。

以来50年、都内の茶室をほとんど知りつくし、その茶室の照明を考慮に入れた上で、

季節やテーマに沿った取り合わせを考えます。
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御子息の恒房氏も大学卒業後、父・萬年氏に師事、共に四季折々の菓子を作り出しています。
最近御家元にご指導いただいた中で印象に残っているのは、昨年の東京茶道会の2月、招待茶会のお見本をお届けしたときということで、その際のお話を伺いました。

「例年は新春の茶会ということで梅をモチーフにした菓子をご提案させて頂いておりますが、前年御家元が華甲をお迎えになられたこともあり、もっとおめでたい感じに祝意を表したものにしてはどうかとお話しを伺いましたので、酉年にも因んだものとして

丹頂をイメージしたものをいくつかお持ちいたしましたが、単に丹頂ではありきたりな見慣れた雰囲気で物足りなく思うとご指摘いただきました。

どうしたものかと思っていたところ、見本の中の茶巾絞りでお持ちしたものを

お家元がお手持ちの鶏の香合のような形で出来ないかとお話しがありました。

鶏は新しい年の日の出とともに一番最初に鳴く「明けの鳥」で大変縁起の良いものとされています。

いいアイデアを頂いたので、それなら工夫してなんとか形にしてみようと思いました。

思ったよりもなかなか難しく、最初は思うような形にならなかったり、揃わなかったり、頂点の感じが上手くいかなかったりと、多少苦戦しましたが、、、

当日お届けしてご覧頂いた時にこれならいいんじゃないかというような一言で及第点はいただけたのかなと一安心しました

もうひとつ思案していた菓銘も「鶏頭」となるほどと思うぴったりな(絶妙な)ものを付けて頂きました。席中でも御常家元のご趣向に皆様からも好評でした。」

お茶席で出会うお菓子の一つ一つに込められた意味と想い、

それらを心で感じながら大切にいただきたいものです。

向栄会 塗師 中谷光哉氏・光伸氏

2018-10-10

ご機嫌よろしゅうございます。

今日は塗師 中谷光哉・光伸氏をご紹介致します。

漆器は、下地の木地に漆を塗り重ねて作る工芸品。

狩猟・石器時代には既に使われていた漆は、その美しさだけでなく、

器の強度が増し、長持ちするという実用性も併せ持ちます。

また漆器自体が「japan」と英語で表記されることもあるほど、

漆器は日本を代表するものに数えられます。

石川県の山中温泉で有名な地域。ここに400年以上の歴史を持つ山中塗の技術が今に伝わっています。

中谷光哉氏は、1931年に小樽に生まれ、京都で一閑塗の修業をした後、

家業の山中塗を継ぎました。

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戸川宗積先生とのご縁で向栄会の職方となり、

ご先代紅心宗慶宗匠・宗実御家元のお好みの道具を数々手掛けています。
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長男の光伸氏は大学卒業後二年、茶道具の問屋で流通を学んだのち父・光哉氏に師事、

ご家族で漆器の制作に取り組んでいらっしゃいます。漆塗の手法は

○木地に下地を塗って磨き、塗って磨きを繰り返すことで光沢の生まれる「真塗」

○漆を薄く塗って木目を出す「掻き合わせ」

○生漆(きうるし)をぬって拭くことを繰り返し、木目を生かす「拭き漆」

○木地に和紙を貼り、上に漆を塗る「一閑張」

に大きく分けられます。同じ漆器でも、その手法を変えることでそれぞれに特徴的な風合いを持たせ、道具に様々な表情を演出することができるのです。

「御家元からは『格好の良さ』について度々指導いただいています。」

とお話しされる中谷さん。御家元にいくつかご覧いただいて、ここをこうした方が格好良いんだよね。とご指摘受けたところはもう一度作り直します。

格好いいとは文字通り「形姿の良さ」

美しく見える形というのは、単なる形や見栄えの良さだけでなく

素材を生かし、余分を取り払ったシンプルな中に残る

メリハリとシャープなライン、そしてその中に込められた

品格が表れた姿。他の茶道具との調和。そのセンスをいかに作品にだせるか
ということを常に意識して作品を制作していると仰っていらっしゃいました。

向栄会 楽山窯・韓国駕楽窯 清水日呂志・久嗣

2018-10-5

ご機嫌よろしゅうございます。

三重県と滋賀県の県境に連なる鈴鹿山脈の裾野に

清水氏の「楽山窯」があります。

清水さん
 写真:清水久嗣氏

久嗣氏は初代・清水楽山、父・日呂志氏と数えて四代目。

平成四年に父・日呂志氏に師事しました。

初代楽山氏は三重県の万戸焼に、高麗の作風を加え高い評価を得ました。

そして韓国に焼き物の指導で出かけていた父・日呂志氏は

李朝の土質、作風などを研究し現地に窯を造り作品を制作しています。

韓国で作られたものと日本で焼いたものを区別するため

箱書は韓国で作ったものを「駕洛窯造」、日本で作ったものを

「楽山窯造」と書き分けています。

遠州茶道宗家11世宗明宗匠の代からお付き合いがあり、代々御家元の指導を

受けながら作陶、綺麗さびの美に通じる作品を多く生み出してきました。

遠州流は高麗茶碗を好んで用います。

そもそも高麗茶碗は朝鮮半島で焼かれた日常雑器の中から、日本の茶人が

お茶の心にかなうものを見出し用いたことに始まります。

日用品としては欠陥ともいえるひづみやしみをあえて楽しむ日本人の

感覚が高麗茶碗をつくりだしました。

「茶碗の中でも特に高麗物が好きですね。」と語る久嗣さん。

その高麗茶碗の特徴を研究し、作陶に取り組んでいらっしゃいます。