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7月 31日(金) 遠州公所縁の地を巡って

7月 31日(金)  遠州公所縁の地を巡って
「伏見奉行屋敷」

ご機嫌よろしゅうございます。
今日は伏見奉行屋敷についてご紹介します。

元和九年(1623)十二月
遠州公は伏見奉行に任命されます。
以後六十九歳で亡くなるまでの二十三年の間
この職を勤めることになります。

この元和九年の七月には二十歳の家光が
三代将軍となりました。

伏見奉行となった遠州公はそれまでの
奉行屋敷が手狭で不便な場所であったため、
豊後橋詰に新しく屋敷をつくります。

この新しい奉行屋敷は、
奉行所としての機能と、奉行の居宅としての
機能を併せ持った建物でした。
また他の奉行所と異なり、特徴的なのは
数寄屋・鎖の間・小書院・小座敷など。

茶の湯で使用する目的で配された部屋が
多く配され、茶の湯が単なる趣味的なものではなく
伏見奉行としての役職に生かされ、政務と茶の湯が
深く交わってていたことが読み取れます。

この庭園は伏見城の礎石などを利用して造られた
もので、上洛した三代将軍 徳川家光を迎えたとき、
この立派な庭園に感心されたといわれています。
この庭園についてはまた来週紹介します。

遠州流茶道連盟
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