お問い合わせ

「石畳文」

2月 24日(金)茶の湯と文様
「石畳文」

ご機嫌よろしゅうございます。
今日は遠州流茶道に親しまれている方にとっては
馴染み深い「石畳文」をご紹介致します。

正倉院の錦や、平安当時の宮廷で官位の制によって
定められた文様である有職織物にも「石畳文」は
見受けられ、「露文」と表現されていますが、
これは字の如く小さな文様であったようで
遠州緞子として知られる「大石畳唐花七宝文緞子」は
5センチ程の桝に四隅に星を持つ七宝文と、三種の唐花を
配しており、江戸初期日本に渡ってきた際には
大胆且つ新鮮な驚きを当時の人も抱いたことでしょう。
他にも色縞に小石畳を地模様とし、その上に宝尽しを散らした
「伊予簾椴子」。こちらは遠州公が中興名物の伊予簾茶入の
仕服に用いたことからの銘です。
また、星の文様が入った「尊氏金欄」または「白地大徳寺金欄」
とも呼ばれる「釣石畳」などがあります。

石畳文といえば京都にある桂離宮松琴亭の
一の間の床の貼付壁と襖障子が思い浮かびます。
青と白の配色による大胆な大柄石畳文様です。

江戸時代には多様な種類の石畳文様が能装束や小袖に
見られ、当時の流行が伺えます。
江戸時代の中期には京都から江戸に下った歌舞伎役者
佐野川市松が、中村座での初舞台「高野心中」に
小姓粂之助役で着用した袴の柄が石畳の文様でした。
その若衆振りが大変な人気を呼び、それ以降石畳文は
佐野川市松の名をとって市松模様と呼ばれるように
なっていったと言われています。

遠州流茶道連盟
遠州流茶道連盟