馬にまつわる話
令和8年のスタートダッシュはいかがであったであろうか。新春の賑わいのなか宗家では、例年の通り元旦未明に流祖を始め先代歴代にお茶を供え、読経から始まる。大徳寺修行で学んだ宗以の声が祖堂のなかに響き、従前の私一人だけの場合とはまた異なった空気感になった。私もかつて同じであったのだろうか。父、紅心宗慶宗匠が一人で読経していたところに、桂徳院より家に戻った私が加わり二人となったときのことはあまり覚えていないが、おそらくいまの私たち親子と似たようなことであったと想像する。伝承は、このような自然的な形で繋がることが大切である。
三つ子の魂百までという表現があるが、やはり若いときにさまざまな経験を積むということは、のちのちに大きく影響があると思う。
さて話題を変えて少し午歳にちなんだことを書きたいと思う。私の茶の間に馬の銅像が置いてある。実のところ、これは亡き母が実家から持ってきたものであり、競走馬つまりサラブレッドのブロンズである。その名はイッセイといい、1950年から52年にかけて走っていた。あまり知られてはいないが、母の実家は競走馬を何頭も所有しており、有名な尾形藤吉の調教を受けていた。そのなかでもイッセイが一番の強い馬であったと幼少時から何度も聞かされていた。いまでいうG1(重賞競走)の安田記念の第一回優勝馬でもある。ところが、同じ時代に、いまでも日本競馬史上最強馬として候補に名を連ねる、トキノミノルというサラブレッドがいた。この馬は通算10戦10勝で無敗の戦績である。トキノミノルとイッセイは初対決から四度対決したが、いずれもトキノミノルが勝利し、イッセイは常に二着に甘んじていた。最後となる五度目の対決は、日本ダービーであったが、これもまた二着だった。このダービーのときは、本当に悔しかったと母が言っていた。私自身は競馬はやらないが、高校生の頃くらいまでは馬主だった叔父に何回か中山競馬場に連れて行ってもらった記憶がある。そのときは、私にとってまったく未知の世界があるということが強く印象に残った。そして叔父と一緒に持ち馬のレースで大声で声援を送ったことを、いまこの文章を書きながら思い出した。本当に懐かしい記憶である。
ちなみにイッセイの生涯成績は32戦して21勝である。これは相当優秀な戦績であるのではないか。昨年末に大掃除をしながらブロンズ像を手に取り、母の悔しがった話とちょっぴり自慢げな顔を懐かしく思ったものである。