4月 6日 (月) 青柳(あおやぎ)
青柳の 糸よりかくる
春しもぞ 乱れて花の ほころびにける
ご機嫌よろしゅうございます。
桜の美しい姿を愛で、春の季節を満喫する
頃ですが、同時に青々とした柳の揺れる様を
眺めるのも楽しいものです。
この和歌は
古今集 春上 紀貫之(きのつらゆき)
の和歌です。
青柳が糸を縒(よ)り合わせたように
風になびいているこの春に、
一方では桜の花が咲き乱れていたことよ。
柳と桜は共に都の春を彩る代表的なもので
風になびく青柳の細枝と、咲き乱れる桜の花の
緑と紅の色の対比が、都の春の風景を色彩豊かに
とらえた和歌です。
禅語にも「柳緑花紅(やなぎはみどりはなはくれない)」
という言葉があります。
瀬戸間中古窯に遠州公が「青柳」と銘命した
茶入があります。
釉薬の流れがまさしく青柳の細い枝のような景の
茶入です。
3月 16日 朧月(おぼろづき)
ご機嫌よろしゅうございます。
うららかな春の季節。
夜にはぼんやり霞んだ夜空に月がでると
なんとも言えない柔らかい月明かりに
思わず見入ってしまいます。
この時期の月を朧月と呼びます。
菜の花畠に入日薄れ
見わたす山の端(は)霞ふかし
春風そよふく 空を見れば
夕月かかりて にほひ淡し
里わの火影(ほかげ)も森の色も
田中の小路をたどる人も
蛙(かはづ)のなくねもかねの音も
さながら霞める朧月夜
高野辰之作詞のこの歌は、幼い頃習った方も
多いかとおもいます。
日本気象協会では一般の応募から意見を募り、
有識者が「季節のことば36選」を選定
し、3月の言葉として、この朧月が選ばれています。
朧(おぼろ)という日本ならではの繊細な言葉の響き
そして、その言葉にピタッとはまる美しい情景です。
2月 9日 (月) 梅の花
ご機嫌よろしゅうございます。
そろそろ宗家の庭にある紅梅も蕾を
膨らませてくる頃となりました。
その昔、遠州公の愛した紅梅も、
伏見奉行屋敷内にあった成趣庵の庭で
見事な花を咲かせていたようで、
遠州公が親しい友人に送った手紙には
成趣庵紅梅半ば開きにて候
(略)
御見捨て候て 花を御散らせ
有るべき事にてはあらず候
訳;庭の紅梅もそろそろ満開となります。
この見頃の梅をお見捨てなきように
と、情趣溢れる文面で手紙をしたためています。
陽春に先駆けて花をつけるこの花を、日本人は
古くから愛し、万葉歌人も多くの歌を
残しています。
天平・奈良期当時の梅花といえばほとんどが
白梅であったようです。
平安時代にも紅梅は珍しかったようで、
「むめ」「紅梅」と区別していました。
そして日本では、年の最初に咲く梅を兄
最後に咲く菊を弟といい
花を育てる雨は父母と表現します。
厳しい冬が過ぎ、暖かい春がきたよと
私たちに告げてくれる
梅の花です。
12月 4日 遠州椿
ご機嫌よろしゅうございます。
遠州公は茶湯や作事、様々な分野で活躍し、
当時の文化に影響を与えますが、
その影響は着物の文様にも残っています。
着物の文様に「遠州椿」というものがあります。
もともと連歌師が好んで栽培したことや、
江戸時代に入って徳川秀忠や大名が好んで栽培したこと
から、「百椿図」と呼ばれる椿の姿が描かれた本が刊行されたり、
庶民の間でも椿が流行し、様々な品種がつくられ、
より鑑賞的な要素が加わりました。
遠州公も椿を愛好していました。
遠州公が椿を図案化し、
好んで使用した文様であったということから、
その名がついたとされています。
11月 24日 椿
ご機嫌よろしゅうございます。
今日は旧暦の亥月亥日です。
風炉から炉の季節に変わり、床を彩る花も
草花から椿へ。
特にこの口切の季節には、白玉椿とよばれる
白くふっくらとした椿を入れることが
慣例となっています。
遠州公の時代にも白玉椿か、薄い色の
椿を使用した例が残っています。
この立派な椿を入れる花入も
やはり格調高い古銅や青磁などを用いて
茶の正月といわれる炉開きに清々しさを
与えます。
また、炭斗で使われる瓢の用意がない時などは
その代わりに、瓢の花入を用いることもあり、
遠州公が作った瓢の掛け花入も残っています。
11月 14日 おそらく椿
ご機嫌よろしゅうございます。
京都伏見にある安産祈願で知られる
御香宮神社をご存じでしょうか?
ここには遠州公ゆかりの椿が植えられています。
「おそらく椿」と呼ばれるその花は
白と薄紅の混ざった淡い色をした花弁が
幾重にも重なり合い、丸く可愛らしい印象を受けます。
この椿は豊臣秀吉が伏見城築城の際、
各地から集めた茶花の一つと伝えられ
樹齢約400年の古木です。
遠州公が伏見奉行を務めていた折、
この御香宮を訪れました。
「各地で名木を見て来たが、
これほど見事なツバキは、おそらくないだろう」
とたたえた事から、以後
『おそらく椿』
と呼ばれるようになったのだそうです。
10月 27日 秋は夕暮れ
ご機嫌よろしゅうございます。
あたりの景色を見渡すと
もうすっかり秋を感じられる
のではないかとおもいます。
今日は枕草子の秋の一節を
ご紹介します。
秋は夕暮
夕日のさして 山の端(は)いと近うなりたるに
烏の寝どころへ行くとて
三つ四つ 二つ三つなど 飛び急ぐさへあはれなり
まいて雁などの連ねたるが
いと小さく見ゆるは いとをかし
日入り果てて 風の音 虫の音など
はたいふべきにあらず
日が落ちるのが早くなってきました。
夕日に染まった空を眺めていると
ふとこの一節が頭に浮かびます。
秋の夕暮れはなんとも寂しげで
それでいて美しい。
この季節ならではの味わいです。
9月 10日 菊(きく)
ご機嫌よろしゅうございます。
道に咲く花に目をやると、薄や撫子、女郎花など
草花もやはり秋の風情を季節を感じられるものが
咲きだすようになりました。
菊も重陽の節句に用いられるように
秋には欠かせない花ですが、
この菊、夏には夏菊、冬には冬菊、春には春菊(はるぎく)
と一年を通じて用いられる、日本人に
昔から愛されてきた花です。
茶人達も古くから菊を愛用し、戦国時代には
津田宗達、宗及、今井宗久、千利休などの
茶会記に、名器に生けられた菊が頻繁に登場します。
江戸時代に入ると花の種類も沢山増え、
用いる回数もだいぶ減ってきますが、
それでもやはり、日本人にとっての菊は
今日まで特別な存在であることは間違いありません。
8月 30日 白花秋海棠(しろばなしゅうかいどう)
ご機嫌よろしゅうございます。
そろそろ秋の気配もかんじられるこの頃
籠に入れる茶花も徐々に秋の風情を帯びてきます。
秋海棠というと一般的には淡紅色の花ですが
当時、信濃町にあった宗家の裏庭には
白花の秋海棠が咲いていました。
この秋海棠は八世宗中公が江戸屋敷で愛玩していた
もので、その種子を蒔いて繁殖させたものです。
淡紅色の秋海棠よりも葉の色が濃く、また葉裏の
葉脈が濃紅色で色映りが大変美しく、
また背丈も高いのが特徴です。
宗中公以来百年以上の歴史を持つ花で
近くに紅色の秋海棠が植わっているとその
色に染まってしまう性質があるため
白花は大変貴重です。
ご先代はこの白花秋海棠の写生をされています。
7月6日 朝顔市が始まります
ご機嫌よろしゅうございます。
今日から三日間、下町入谷で毎年恒例の
朝顔市が始まります。
朝顔は牽牛花(けんぎゅうか)の別名があり
七夕の牽牛・淑女の、牽牛の花と書くことから
七夕の前後の三日間、開催されるようになりました。
例年、土日は人が行き来出来ないほどの賑わいをみせ
夏の風物詩にもなるお祭りですが、
入谷の名物となったのは明治に入ってからで、
十数件の植木屋が朝顔を造り、鑑賞させたのが
はじまりといわれています。
江戸時代末期から、花粉の交配によって様々な花を咲かせる
「変わり咲き」が大変流行し、
当時は一千種類もの朝顔があったといいます。
その後、一度姿を消した朝顔市ですが、
戦後地元の人々の協力によって、
現在の朝顔市が蘇りました。
今年の朝顔市に行かれましたら
是非ご感想をお聞かせください。