遠州切形 信楽筆洗茶碗 銘「花橘」

2015-5-4 UP

むかしをば 花橘のなかりせば
何につけてか 思ひ出まし(「後拾遺和歌集」 藤原高遠)

花橘がもしなかったならば、何を手がかりに、
昔を思い出せばよいのか、いや思い出せない。

この歌の銘のついた茶碗があります。遠州蔵帳所載の信楽茶碗です。かけ釉のビードロが見事で小堀遠州の切形をもとに作られたと伝えられいわゆる筆洗形をしており、長辺二方に浅い切り込みをつけ高台は三方に切り込みをつけた割高台風の茶碗です。

ほのかに香る花橘の香りが、昔の想い人を思い出させる。橘は蜜柑の仲間で、「常世の国」の不老長寿の実のなる瑞祥の木とされていました。この橘の香りと懐旧の念を定着させた歌が

さつき待つ花橘の香かげば
むかしの人の袖の香ぞする(「古今集」読み人知らず)

でした。その香りを嗅いだ途端、無意識に人を過去のある場面に引き戻す。そんな甘酸っぱい切なさの感じられる橘の歌です。