不傳庵 茶の湯日記
気 概
遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実
平成二十四年の新春を皆様は如何に過ごされたであろうか。今年こそは穏やかな一年となる事を願う人々がこれ程多い年も少ないのではないかと思う。
本当にその思いが成就するためには、先の年頭所感でも申し上げたように、神頼み、他人任せではなく、何事にも正面からぶつかって自らの力で道を切り開いていこうとする強い意志が必要である。この強い気持ちが、残念ながら我が日本という国では、長いながい時間を経て、非常に希薄になってしまっている。ゆえに、何が原因であるか、といった分析よりも、自分自身の体を動かしてみる方が、今は大切である。その理由とは、これもここに書くことも恥ずかしいのであるが、最近の日本の傾向では、分析というより、誰が、何が、といった責任追及あるいは、その域を越えて、他者を追い落そうとする醜い争いに発展してしまうからである。従って、私は敢えて先ず行動しようと申し上げているのである。
最近は、強固な姿勢とか強い意志というと、すぐに危険を連想させるという、誤った考え方をもつ人も少なくない。とんでもない誤解である。むしろそういう方向に理解をむけさせようという事が危険である。茶の湯の心を持って、多くの人々の気持ちを豊かにしてゆくというのも強い意志である。政治経済が世の中の中心の如く言うむきもあるが、それは大間違いである。政治経済を動かすのは人間であり、その人間が最も大切にしなければならないのは心であり、その心を育てるのが、文化である。それを忘れたものは必ず滅びてしまうのだ。私たちは、今年はそういう危機感も、忘れてはいけない。私たちの国は今そういう情況なのである。
こういった流れが止まらないのは、マスコミにも大いに原因がある。ものの本質を見る姿勢を最近は全く失っているといっても良いであろう。正しい事、いけない事等々についても、そこには正しい視点ではなく、面白いとか、人が注目するといった事に重点が置かれている。タブーと思われる事や、難しい問題、クレームが来そうな物事は目をつぶる、という姿勢が多すぎる。大人にはテレビのニュースや新聞の報道でも、多くの情報を総合的な判断できるが、子供にはその時目にした物、聞いたものだけが基準となる。したがって、テレビのテロップや、アナウンサーの発言、新聞の一文字が重要である。面白ければ何でもありでは困るのである。日本では、政治、経済、文化、芸術、芸能そしてスポーツに対して全て同じレベルでとらえられている。分野が違えば対応の仕方も異なるはずなのに、お笑い的要素のみが誇張されるのである。
これらの問題を震災後の日本は再考しなければ真の復興にはならないであろう。最後に政治の事を取り上げなかったのは、政治家にその気概ありと信ずる人がいないからである。

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