茶の湯日記

不傳庵 茶の湯日記 

霜月

遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 

 
 霜月の声を聞くと、茶の湯者としての私は、二つのことを考えるのが毎年の習いである。

 一つは炉開き、口切という茶の湯の世界における、もっとも式正な季節の到来という点である。めでたさを感じるときでもあり、襟を正す、節目の時候でもある。宗家における炉開きは、特段、日時を定めているわけではないが、宗家研修道場の場合は、毎年11月の初の直門稽古日に行なっている。通例、三ヶ所の炉を開くのであるが、このときばかりは、私自身が参集された直門の方々の前において、一ヶ所ごとに炭点前を行う。それぞれの炉中を、清め塩、洗米、鰹節を撒き、柏手を参加者全員で打ち、炉開きを祝っている。その後、みなさんに御神酒が振舞われ、杯を上げるころには、炉中の炭火もちょうど頃合いとなり、また撒かれた洗米等にも熱が加わり、炉開き特有のなんともいえない香りをかもし出すのである。このときこそ、本年も変わりなく、行事をつとめられたという幸福感を味わうことができる。
 ちなみに成趣庵、対酌亭、合親亭などの各茶室における炉開きは、そこを使用する初回に必ず同様の点前を行っている。

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 さて霜月を迎えてもう一つか考えることは、すばり、年末から翌年初めのことである。11月、12月の2ヶ月は、のんびり構えているとあっという間に過ぎ去ってしまう。茶会や行事も多く、一つひとつをつとめながらも、次のこと、先々のことを念頭に置く心構えとなる。しかしながら、そのなかでも、掃除というものはとくに大切である。いつも整理整頓を心がけていたいのではあるが、忙しさにかまけて必ずなまける気持ちが勝ってしまう。いまでなくとも後ですればよいという気持ちが、心を支配するのは、私だけではないと思う。だからその準備が、年末でなく、ひと月前の11月に始められればよいといつも思っている。思うばかりで、行動が伴わない私ではあるが、今年こそはといまは考えている。