薬師寺東塔落慶法要

2023-6-1 UP

 去る4月21日、奈良の薬師寺で催された「国宝 東塔落慶法要」において、献茶奉仕を勤めさせていただいた。五日間にわたる一大行事の最初の献茶の大役の栄に浴するのは、私にとって本当に心からの慶びであった。薬師寺と遠州流茶道の深い縁については、「宗家対談」(5・6月号)における大谷執事長との対談を是非ご覧いただきたい。東塔は、薬師寺が平城遷都により現在の地に移り、白鳳伽藍〔はくほうがらん〕が配置されて以来、戦火などで多くの建造物が失われるなか、唯一、創建当時のまま残っている、いわば象徴的存在でもある。今までにも修理はされていたようだが、このたびは塔の中心を貫く心柱を始めとする基礎部分の全面解体修理ということであった。完了まで10年以上を要している。

 前日、妻・貴美子と娘・宗翔を伴って新幹線を降り、京都から近鉄特急へと乗り継いだ。ご存じの方も多いと思うが、私は四十数年にわたり、毎月、薬師寺に出張稽古のために伺っている。伺っているというより通っているという感じである。この出張稽古は、亡くなられた髙田好胤和上と、父紅心宗慶との交友から、私を指導者として育てる意味もあったと思う。ということで私にとっては、毎月当たり前のごとく眺めている車内からの光景であるが、だんだんと薬師寺が近づいてくると心の中が、なんともいえない気持ちで一杯になり、目頭が熱くなり、泣きそうな気分になった。いままでに一度も無かった感情であった。そして当日の朝を迎えると快晴。三、四日前までは雨も予報されていたようだが、むしろその真反対の、いわゆるピーカンと表現される天候である。妻たちは日焼け対策にも気を配っていた。宿泊ホテルから西ノ京に向かって、唐招提寺の近くを通ると、遠くに東塔と西塔が並んで見える。これこそ髙田和上を始め、伽藍復興を発願しそれに携わったすべての人々の望んでいた景色なのである。到着すると、真っ先に東塔前の舞台設置の確認と点検。大谷執事長が正面にて待機されていた。挨拶を交わすと目が潤んでいたようにも見えた。その後東僧坊で黒紋付に着替える。途中、加藤朝胤管主にお目にかかると、こちらもまた涙目のようであった。

 定刻となり東塔前に着座。着席参列者2000名、その他およそ3000名の人たちが法要を見守る。献茶奉仕の台子の向こう側には、献華御奉仕の池坊専好宗匠の姿。私が茶筅通しをしているときには、美しい花が次々と生けられている様子が茶筅の穂の隙間から垣間見える。これは私にしか体験できない貴重な時間である。順次、お茶・お華が供えられ、観世喜之〔よしゆき〕師による奉能などの式次第が無事に収められた。気温は25度超の夏日で炎天下であったが、全ての参加者が心を一つにした一日であった。私にとっても特別な一日となったことはいうまでもない。そしてその感動を胸に、私達は翌日東京広徳寺で行う紅心宗慶宗匠一三回忌のために早々帰京の途に就いた。