聞き間違い

2021-8-1 UP

 今年の夏は猛暑と予想されている。この原稿は六月の中旬に書いているのであるが、梅雨の合間の晴天の日は、五月晴れと表現できるほどさわやかではなく、湿度を伴いつつ、三十度前後の真夏日になることが多いので、今月号の発刊時期にはいかなることになるかと心配である。合わせて、東京オリンピック・パラリンピック開催の件が、私の心を毎日のように悩ませ、不安にさせている。これほど、国民の声に耳を傾けないという事があったであろうか。少なくとも私の生まれてからはあまりなかったと思う。もちろん、政治や国家運営の部分で、国民の言うことが必ずしも正しいとは限らず、また私達の思い通りに事が運ぶわけではないと思う。しかし今回は、通常の政治・経済の問題ではなく、日本国内にとどまらない、未解決で人間の生命をも左右するコロナウイルス感染症のパンデミックに起因するものである。本当に残念である。

 昨年来、私達は中止・延期・自粛・縮小などといった後ろ向きな表現ばかり目にするようになり、ある意味、それらに慣れが生じてきている。しかし一方では、心の深い部分では多大なストレスを感じているのである。であるから、私もなるべく前を向いて日々を送ることに努めている。そういうわけで、最近のちょっと可笑しいエピソードを……。

 四月から五月の緊急事態宣言が延長されようとする頃、娘の宗翔のところに一本の電話が入った。それは奈良薬師寺の大谷徹奘執事長からで、薬師寺主催の「まほろば塾」の講演依頼であった。その際、娘は「六月二十日に学習院で……」と聞いたそうである。ここで最近は誰しもがマスク着用ということにより、言葉が聞き取りにくいと感じる人も多いという事実がある。私は「えっ学習院?」と聞き返し、また一方で、そんなはずもないと思った。私も娘も学習院は母校であるが、現在の状況下で大学生はほぼリモートである。したがって学校行事でないものに施設が貸し出されるわけはない。私が「学習院」を繰り返し声に出していると、いつの間にかそれが「薬師寺」に変わって聞こえた。娘に一度確認させると、当然場所は薬師寺であった。

 その後、当日が近づく頃に再び大谷師から電話。午後からなので、お昼に軽食を用意してくださるという旨。私はご遠慮しようと考えたが、聞けば軽食とは「鰻丼」らしい。これは暑気払いにうってつけである。当日朝、新幹線-近鉄と乗り継ぎ西の京に到着。駅から講演会場の「まほろば会館」に直行。そしていよいよ昼食となるが、そこには「うどん」が運ばれてきたのであった。またもや聞き違い。しかし私はもとより江戸っ子ではあるが大のうどん好き。ペロリと美味しく頂戴した。

 これには後日談がある。翌日、宗家の玄関先に大谷師からのお届け物。お使いの方は出迎えた事務局の者に「うどん」ですと。しかし中身は「鰻丼」であった。なんとも粋なはからいであった。