炉の名残り

2020-4-1 UP

 茶の湯の世界では、卯月になると、五月からの初風炉の前に、つまり炉の名残りの時候に、点前座の風景が少し変化を見せる。主に小間においては、透木〔すきぎ〕釜が多く用いられるようになる。ご承知のごとく、透木の釜は、平釜の羽付釜で、釜の羽の部分がすっぽりと炉壇を塞ぐようになる。これにより、炉中の熱気が、外に出るのを防ぐという理由である。

 といっても、完全に炉壇を密閉したのでは、炭火のおこりが悪いので、炉壇と羽の間に透木と呼ばれる細い木を挟むようにして隙間を作り、空気の流れが生ずるようにしている。これは、古来の茶人のアイデアである。透木は、一般的には桐材を使用して拍子木形に切ってあるが、遠州流では、桐以外にも、遠州好の棚によく使われる、黒柿や桑など、いわゆる堅木と称する木材もあり、形も、長方形ではあるが、上面にゆるやかな曲面をつけている。このあたりは、綺麗さびといわれる、ちょっとした違いである。
 広間では、透木より、むしろ釣釜を設えることのほうが多い。釣釜では、炉中の灰を常よりも相当深くする。したがって、灰形の一番低い所は、常の炉の場合より少々窄〔すぼ〕まって、すり鉢のように見える。もちろん胴炭の入る寸法はあるものの、炭の全体量は、通常よりはやや少なめでよいようになっている。そして湯を沸かすときは、鎖や自在で釜を炭火の近くにまで下し、点前をする場合に、鎖を調整して、通常の高さにして茶を点てる。気温の上昇するこの季節に、炉中を深く、炭を少量にするという考え方に基づく釣釜と、炉自体を塞ぎ熱気を封じ込める透木釜。両方とも茶人の工夫でありながら、正反対の考え方であることが面白い。遠州流では広間の釣釜では、鎖を主に用いる。遠州が所持していた鎖のなかには、中国明時代の七宝焼きをつないだものがあり、席中を華やかにする。同じく遠州好に、鎖ではないが、宣徳(黄銅製)の自在があり、これも特別な存在感がある。

 小間では釣釜をしないと書いたが、これは台目切りの席のことである。席中の中柱と鎖や自在が重なることを避ける意味がある。したがって、四畳半の席であれば、透木だけでなく、釣釜も行うのである。この場合は、竹製の自在を用いる方が、侘びの雰囲気にふさわしいと思われる。
 このように、炉の名残りの茶にもさまざまの創意があり、先達より伝えられていることの素晴らしさにあらためて気づくのである。透木や釣釜の点前をする際には、単に手続きにのみ気をとられることなく、古への知恵に対して、思いを馳せながら取り組んでほしいと思う。
      *
新型コロナウイルスの感染拡大の影響から、多くの催しが中止となりました。遠州流においても、最大行事である遠州忌茶筵を中止する決断にいたりました。関係各位および全国門人の方々にもご迷惑をおかけいたしました。