温茶会

2020-9-1 UP

 九月の声を聞く頃になると、宗家ならびに成趣庵の露地では、夕闇が迫る時間には虫の音が賑やかである。宗家では、おもに蟋蟀〔こおろぎ〕が中心であるが、そのなかに交じって松虫や螽蟖〔きりぎりす〕の鳴き声もある。また毎年、門人の方から鈴虫を頂戴し、虫籠に入れ、毎日餌を与えている。こちらのほうは室内であっても、少々暗い所に置いていると、朝から一日中鳴いている。直門の稽古の日には、隣の部屋に置いていると、お点前の最中であってもよく鳴き、たいへん風流な気分にさせてくれる。

 茶道の世界では、遠州公の和歌の師でもあった木下長嘯子〔ちょうしょうし〕が撰者となった虫の歌合せ、「十五番歌合」があり、遠州公を始め、歴代が冊子や折状に書写しているものが伝わり、書院の違棚の飾りとして、初秋の茶会などには重宝されている。私自身が催した経験は無いが、虫聞きの茶会と呼ばれるものがある。文字通り茶会の最中に虫の音を聞かせるという趣向である。水屋に虫籠を置いて、席中の客に楽しんでもらう茶会である。

 以前、先代に聞いた話を紹介する。ある方が、むかし大名が所持していた自慢の虫籠を手に入れて、その披露を兼ねて虫聞き茶会を催したが、その日は虫の機嫌が悪かったのか全く鳴かない。慌てて水屋番がテープの音を流したらしいが、昔のこと、カセットデッキのスイッチ音がカチッと聞こえて、風情もなにも無かったと一同笑いをこらえたそうである。虫というのは、ちょっとした空気の変化、温度変化に敏感に反応する。虫籠を突然に常の場所から移動してすぐに鳴かせようということ自体、無理なのである。

 さて、前書きが長くなったが、茶道の世界においては、この虫の音だけではなく、四季折々の季節の変化に対応して、道具を替え、場を替え、時を替えるなどして。趣向をこらし客をもてなす事を第一義にしている。そしてそれは、必ずしも客のためだけでなく亭主の悦びとしても大きな意味を持っている、それを判りやすく表現するのが茶会である。ところがいま、コロナ禍により、みなさまと茶会を通して心を通わす機会をなかなかもてないのが現実である。

 日本人として、なによりも季節感、風流、風情、移ろいその他感性に最も強くインパクトを与えてくれるものが茶道である。そこで今般、オンラインによる茶会を想起し挑戦してみた。題して「不傳庵宗実の温茶会」。温は温故知新の温、たずねる、繰り返し習う、大切にする、穏やかで素直、といった意味であり、御でもありONでもある。あくまでも、私一人が亭主で、その他の役もつとめて、みなさまには画面からその雰囲気を楽しんでいただくという趣向である。点前もノーカットで披露させていただいている。実際のお茶会が行われていないなか、少しでもお慰みになれば幸いである。まずは「盛夏の取り合わせ」がスタート(7月末現在)。以降も次々と挑戦してゆく所存である。

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