東海道旅日記「藤沢」

2019-8-15

ご機嫌よろしゅうございます。

9月23日 晴 
遠州一行は神奈川の宿を早朝に出発します。

帷(かたびら)の里、いまの保土ヶ谷あたりをすぎ、
遠州一行は藤沢に差し掛かります。
藤沢は東海道の江戸日本橋から数えて6番目。
多くの道が集まる場所でもあり、東海道からの分岐点の町として栄えました。
そして藤沢は遠州公の父・新介正次公が亡くなった地でもあります。
慶長9年(1604)2月。江戸出府の途中、相模国・藤沢にて65歳で急逝。
戦乱の世を駆け抜け、ようやく平和をむかえようとしていた時代、
外様であるはずの小堀家は備中を任されるなど、譜代並みの扱いを受け、
政務に奔走しました。
遠州公この時26歳、この旅のおよそ17年前。
そして父の遺領、備中奉行を継ぎ、父と同様忙しい日々を送ることとなります。
藤沢の地に足をいれた遠州公は、亡父に想いをよせていたことでしょう。
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写真提供 田中宗未先生