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茶の湯日記
バランス
梅雨時の日々が続く六月は、多くの人々の気分も何となく沈みがちである。しかし
この期間にもたらされる雨の恵みが、一年の後半に大きな実りを与えてくれるという
事も忘れてはならない。自然というのは、必ず有と無、暖と寒等々、対極に位置する
ものが繰り返し現われては消えるものであると再認識して私は日々を暮らしてゆくべ
きである。
人間とは愚かなもので、一年中快適でいたい、いつも変らぬ暮らし振りがしたい、
常に同じ水準を保っていたいという欲望が強い。そこで本来絶妙なバランスを保って
いる大自然を人間がコントロールしようと考えてしまう。その結果、今までの歴史に
おいて成功した試しは無いといっていいだろう。地球温暖化がそれを全て象徴してお
り、これから私たち人間が生きていく上での大問題であり、もっといえば驚異と言え
るものである。
かつて(今もどこかで使用されているかもしれない)よく耳障りのよいキャッチフ
レーズとして「自然との共生」といった言葉がつかわれていた。私はこれは当初から
おかしいと思っていた。つまりもともと人間がこの地球上に存在している事も自然の
一部なのであり、そこでは人間だけでなく全てのものが共に生きていたはずである。
共に生きる、というのは、何かが生まれ何かが滅するという意味でもあり、滅する事
は、再び新しい誕生があると言える。
このバランスが自然であたりまえである、と思うべきである。抑圧すれば反発し、
近づきすぎれば離れていく、この事を無理に自分の意のままにと思い続けたのが人間
である。もう目がさめなければ間に合わないであろう。
最近ある方が話されている事でなる程と思ったのは、「人間はこの三十年位で全く
想像できない速さの変化に対面している」という。その速さに全ての人々が追いつけ
なくなっている。電子機器の技術の進歩は、私たちが二十世紀に考えていた夢をはる
かに越えてしまっている。開発する人間の頭脳は最先端に達しながら、心が追いつい
てゆかないのが現状である。
私たちの身の廻りを、こういった見方で考えると色々な事が理解できるのではない
か。諺に「急いでは事をし損じる」「急がば廻れ」とある。結局私達は昔の人たちの
教えをもう一度学ぶ必要があるという事ではないか。
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