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茶の湯日記
官針不容(かんははりをいれず)
昨年末から新年にかけての「小堀遠州美の出会い展」の東京会場は、予想を上回る
来場者で賑わった。特に一月六日にNHKで「新日曜美術館」の放映があった後は、
連日五千人以上の来客数が続き、監修者としては感慨一しおであった。しかし、入場
制限や三十分以上の待ち時間を必要とした等々、お客様にはご迷惑をかけたようで、
うれしい悲鳴とはいえ、反省している。
さて本年の点初めを振り返ってみると、こちらもまた千客万来で、誠にうれしい限
りであった。今年は、例年通り一月十日から十五日まで東京の宗家研修道場で、また
十九日、二十日の二日間を福岡市にある遠州流茶道文化会館で催した。
両者の結果を踏まえて感じる事は、ここにきてようやく遠州流のもっている茶の湯
の心が、世の中に浸透してきているのではないか、ということである。今後もこの事
に甘えることなく、地道にそして着実に向上を目指してゆきたいと考えている。
点初めでは、毎年先ず、床の間の掛物を何にするかが最も大切である。この一年の
自分自身の心構や遠州流茶道の方針といったものをイメージする一軸を選ぶことにし
ている。とは言うものの、必ずしも思い通りになるばかりではない。そういった時は、
やはり干支やお歌会のお題に因む事もある。
今年は、思いの外、今の日本の時世にぴったりの掛物であったと思う。遠州と最も
親しい友の一人、松花堂昭乗の筆による「官針不容」の掛物である。官とは、官吏や
官僚の官すなわち「公」を意味するものである。つまり公の立場にある者は針も通し
てはいけないという意味になる。この言葉には、「私通車馬」の語が続く。解釈すれ
ば、私の立場になれば、車でも馬でも何でも通すおおらかさが大切である、というこ
とになろう。
実はこの一軸は松花堂が、小堀家のかつての領地・近江小室の城を預かる筆頭家老
の小堀権左衛門の為に書いたものである事がわかっている。松花堂は遠州の立場を最
も理解していた人物である。遠州は伏見奉行として政務に忙しい毎日をすごし、将軍
のお声がかかれば直ちに江戸表へと出向く必要があり、領地でのんびりとすごす事は
全くといって出来なかった。権左衛門はその留守を預る大きな責任と役割りがある。
松花堂は親友遠州の為にも、この言葉を書き与えたくれたのだと思う。加えていえば、
後半の私云々の語を書かなかったのは、「あなたには私はありませんよ」という意味
とも推察できるのである。中々味わい深い配慮であるといってよいのではないか。
そして改めて思うのは、今から四百年前に、すでにこのような言葉で、心のゆるみ、
油断を戒めていたという事実である。現代に生きている私達は、よくよくかみしめた
い事である。
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