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茶の湯日記
基本
平成二十年戊子年の年頭は如何であったであろうか。旧年の塵埃を払い除けて気持
ちの良いスタートであった事と思われる。
さて今年は日本人が日本人らしい振る舞いや行ないを正しくする年であってほしい
と心から願っている。戦後六十余年が経過しているが、日本という国は、いつも外の
事ばかりを気にしていたと思う。いやむしろ気にし過ぎていたと言ってもよいのでは
ないか。注意する、配慮するという姿勢とは少々異にする態度であったのではないか。
昔から過ぎたるは及ばざるが如しと言われるが、まさしく日本の今がそうであると言っ
てよい。
日本及び日本人はもっと自分の国や民族性を真剣に考え誇りを持って歩んでゆくべ
きである。外からの影響で日本を見るのではなく日本の気候風土、日本人の生活習慣
から受け継がれて来た日本の文化を踏まえて、自らの生き方、考え方を構築してゆく
べきである。海外からの情報は過去現在において今未曾有なほどあふれている。それ
を自分の頭でしっかりと咀嚼する事が大切である。もちろんその根幹には日本という
立場を持たなければならない。国際社会で生きてゆくという事はそういうことである
と思う。
今世界を見わたしてこの態度や考え方がとれていない国の代表が我が国であると言っ
てよいのではないか。いつからこうなったかと言えば勿論この六十余年である。欧米
化の波の中で日本はかつてない程の経済発展を見せ、物質文明の繁栄がもたらされた。
その結果、心や精神の面では惨憺たる状況になってしまっている。
日本という国は元来島国であるから、常に海外からもたらされる事や物に興味が深
いのは当然である。しかしそれらの情報は必ず日本化され私達の生活に溶け込み、さ
らにより良いものとなっていった。そうゆう能力が私達にあったのである。
例えば漢字がその代表である。元々の字とは違った意味を一文字にいくつも持たせ
ているのが日本人である。また「裃」や「峠」のように新しく生まれた文字もある。
さらに言えば日本にはかつて基本となるべき形があった。和室であれば、床柱であ
り、家族であれば父親であり、企業であればそれは創業者精神である。今、そういっ
たものが見られる場所や機会が本当に少ない。
形はそれのみにとらわれてしまうと、とたんに生命力を失い、その輝きもなくなる。
形骸化である。しかし形の中に心があれば、困った時、悩んだ時、迷った時、により
所となるはずである。従って形となって現われる基本は、真行草の真であり、心でも
あり、芯でもある。そのような自分を探すための有意義な一年としたいものである。
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