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茶の湯日記
朝 顔
この夏は近年稀に見る暑さであった。特に東京では、ほぼ四十度に達するまで気温
が上昇し、道路のアスファルトの地熱は、それ以上の高温となり、熱中症にかかる人
達の数も多かった。事実、七月から八月にかけて、名古屋・京都・奈良・大阪・福岡
等、夏はことに暑い所へ出張したが、東京に比較すると、暑いとは感じなかった。
一方、猛暑とともに、自然の災害が数多く発生した。新潟や福井での豪雨による数々
の水害により、住居が使用不可能になられた人達もかなりの数と聞いている。誌上を
借りて、おくやみ申し上げたい。そして一日も早い復興を祈る次第である。
さて、今年、ある雑誌社の依頼で、私の入れた朝顔の花を撮影したい希望があった。
例年七月六日・七日・八日の三日間、入谷の子母神において催される朝顔市に行くこ
とを常としており、二・三鉢を購入し毎朝色とりどりに咲く花を見るのを楽しみにし
ている。
しかし、朝顔を撮影するというのはそれほど簡単なものではない。鉢植えならば、
一つひとつの花を見るのではないが、茶の湯の花となれば、ただ一輪で、床の間を飾
るからである。朝顔の花は、花びらが非常に薄い。従ってほんのわずかな事、例えば
風や他の花や葉にすれる事で、花が痛みやすい。また蕾のうちに傷ついている事もあ
り、朝咲いた時にすでに花びらの一部が切れてしまったりする事もよくある。そこで
今年は余分に朝顔を求めるつもりでいた。さらに、六月の末頃になり、父が突然「朝
茶をしたい」と言い出した。朝茶となれば当然一番のご馳走は朝顔である。そうなる
とさらに購入する鉢の数も増える。結局、今年は八鉢も求めることとなった。
さて朝茶が近づくにつれ、花の咲き様が気になり出す。蔓の伸び具合い、葉の付き
様、そしてもちろん花そのものの出来である。お客様に最高の一輪を、の思いが日に
日に増してくる。
朝茶の数日前の未明、眠りについていた私の耳に、警備システムの侵入警報が入っ
た。寝ぼけ眼で確認すると誰かが侵入している形跡を示している。急いで家中の各所
を点検することにした。何ヶ所か見た後、対酌亭に近づくと電気がついている。中を
見ると雨戸もあいていた。外は真っ暗である。するとそこに人影が見えた。「誰だ!!」
と私が声を張り上げると、そこに父の姿があった。父は「まだこの時間は暗いなぁ。
朝顔もまだ開かないよ」と飄々と答えた。時計を見ると丁度四時であった。
そんな父の思いが通じたのか、朝茶の数日間、床の間には見事な朝顔が咲いた。そ
して朝茶が終わった。次の日の私の花の撮影も何とか無事にすんだ。ところが不思議
なことに翌日から蕾がなくなり、朝顔がまったく咲かなくなったのである。私は、茶
人の執念とはおそれいったものだと感心したのであった。
追記 東京支部の塚田宗整先生がご逝去されました。ここ数年の闘病生活にも、常に
前向きに毎日を送られていました。永きにわたるご指導と遠州流茶道に対するご貢献
に対し深く感謝申しあげ、ご冥福をお祈り申し上げます。合掌
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