|
茶の湯日記
豆撒きの風景
弥生の声を聞く頃になると気温の上昇とともに私達の気分もいつの間にか明るくなっ
てくる。コートを脱ぎ衣服も何となく春らしい柔らかな色調のものを着てみる。体の
動きも自然に活動的になり軽快にふるまう事が出来るから不思議である。そういう季
節感を日本人は本当に大事にしている。気持ちと体と自然が一体となる私の生きてい
る日本という国をこれからも大切にしていきたいものである。
さて去る二月三日節分の日には、我が家では恒例の豆まきを行った。今年は私が年
男という事もあり、家以外に、氏神様である神楽坂若宮八幡神社と、西新井大師にお
いても豆まきをさせて頂いた。最近は周辺の一般家庭でしているのをめったに見ない。
思い起せば、私の幼い頃でもあまり近所で追儺の声を聞く事は少なかったような気
がする。夕食を終えた後、両親と一緒に雨戸を開けて各部屋ごとに豆をまいた事が懐
かしい。その時、父も母も大声で「福は内」「鬼は外」と叫ぶのであるが、私達兄弟
は最初はどこか恥ずかし気に小さな声であった記憶がある。最後の方になると吹っき
れて声も大きくなっていった。今同じ事を私の子供達も感じているのであろう。
昔は四人家族であったのが、今は七人家族に人数は増え、これに弟の家族も加わる
事もあるから、昔に比べると随分とにぎやかな豆まきになっている。近頃は家の中に
豆をまき過ぎると母に掃除が大変だからと怒られもするが、子供達にとってはそれが
楽しいのであるから、おかまいなしである。
福豆はまく前に祖堂にお供えしておき、それを大小いくつもの升に分けている。や
はり大きい升の方がたくさん豆が入るので豆が掴みやすく人気がある。誰がどの升に
するかといった事も結構重大な問題になる。まき終えた後は、自分の年の数だけ拾い
集めて懐紙等に包んで体の中を通す。これは厄落としの意味と教えられているが、こ
れを翌朝、人目につかぬ所へ始末するようにいわれた。
私が子供の頃は父母の分も一緒にそっと始末していた。もちろんその場所は秘密で
ある。今は私も自分の子供に頼んでいるが、最近はうっかりその辺という訳にもいか
ないので子供達も苦労しているのではないかと思う。豆をまき終えた後、升の中の豆
をこれも同じく年の数を食べる。が、今の私の年の数だとかなりの量になるのでそこ
そこにしている。
こういった具合いで我が家では私の生まれた時から変わらない風景が今でも続いて
いる。親から子、子から孫へと伝えられるもの、豆まきに限らず、どこの家庭にも必
ずあるはずである。その事を私達はいつまでも忘れないようにしたいものである。
|