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茶の湯日記
青霄裡に住まらず
新しき年がスタート。各人各様、色々な正月の過ごし方があると思われるが、御題
の如く、幸多き一年となるよう祈るばかりである。
本年の三が日はいずれもおだやかな日が続いた。宗家では例年通り、大晦日の除夜
釜に続き、新年零時の供茶、読経の後の福茶と、とどこおりなく事が行われた。
ここ数年来父に替って勤めている埋火も、私自身の経験した中では一番よい状態で、
新年早朝の初炭点法をする事が出来た。また旧年から心を痛めていた、正月の床の青
竹花入に入れる曙椿の蕾のふくらみかげんも程良いものとなり一安心したところであ
る。
恒例の点初めは、連日多数のお客様を迎える事が出来、今年一年にむけてのエネル
ギーを頂いた感じがしている。父も母もおかげ様で元気でこの正月を迎える事が出来
たのも、また一つうれしい事でもある。
さて今年の点初めの床の間には、大徳寺百五十三世の沢庵宗彭禅師の書かれた一行
書、「直透萬重関 不住青霄裡」を掛けた。
例年、向栄亭の床に墨跡や一行書を掛ける事を恒例としているが、それは単に季節
的なものや目出度さを表すのではなく、年の始めにあたっての自分自身の目標やテー
マを課す意味合いを持っている。
沢庵和尚は遠州公と親交の深い大徳寺僧の一人であり、遠州公は特に尊敬の念を持っ
ていた人である。互いに三代将軍家光公の信任厚く、沢庵和尚宛の遠州公の消息も多
く残っている。実は昨年の除夜釜には沢庵和尚宛の消息をかけて、今年の掛物に関連
を持たせていたのであるが、その歳暮の文中に
いまははやおしともいはじひとの世乃
かぎり過て乃年の暮をば
という歌があり、両者の長寿を祝う心が読みとれる。
そして今年、これから幾重にも私たちの身の廻りに難関が訪れるであろうが、それ
を突破してゆきたい、そして果たしてそれを突破してもそこに安住するのではなく、
またさらに己の進む道を目指してゆかねば、という心意気をこの一行書に表したつも
りである。
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