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茶の湯日記

 霜月と行事


 早いもので今年もあと二ヵ月を残すのみとなった。十一月は、茶の湯の世界では特別 な季節である。炉開き及び口切という大切な行事が茶家では行われる。

 宗家では、十一月第一週の直門稽古日に、道場において三ヶ所の炉開きが行われる。 炭点法は父と私が、交替で行なうのがここ十年の習いとなっている。

 炉開きの炭点法は、まず炉中に、塩を播き、中を清め、そして私たち人間が生きてゆ く上で欠くことの出来ない海と山の幸を代表する形で、洗米と鰹節が播かれる。この時 、席中に座する者打ち揃って柏手を打ち、開炉の目出度さを祝い、これから一年の諸々 について心に祈る。その後、通常の順序手続きにより炭点法が進んでいく。胴炭、相手 炭、割炭、輪炭、枝炭、点炭が炉中に置かれて各々に火が移っている途中で、先程播か れた塩、洗米、鰹節が何ともいえない香ばしさを席中にただよわしていく。この香りを 持って今年も無事に勤められた、という安心感を味わう。この香りは、この日一日中道 場に何となくただよって稽古に訪ねてくる方々の目と心を清浄にしてゆくのである。

 こういった行事が私の家には当然の事として多い。私自身の記憶の中では、幼少の頃 に何もわからずにいた行事も随分とあった。また学生時代には、全く参加もしていない 時期もあった。しかし今自分が、それを執り行なう立場になると、不思議な事に小さい 時に見た事が、一つひとつ点となって思い出されてくる。やがてその点が線となり、一 つの情景となってくるのだ。

 ここで思うのは、やはり子供の時に色々と経験しておくことの大切さである。今私が 、全国で行っている子供達へお茶に親しんでもらう活動もこの事を意味している。「お 先にいただきます」「大変結構です」そして「ごちそうさまでした」この三つの言葉を 口に出す。たとえ意味がその時わからなくてもよい。動作つまり身体の動きとともに言 葉を発する。それが、やがていつの日か、子供たちが成長し、自分自身の言葉として意 味を持って使われる時、きっと幼少のみぎりに経験したお茶会の風景が、頭にうかんで くるであろう。

 今私は家元として一年の行事を数多くこなす立場にいるが、それは私自身の修業であ ると同時に、その場に同席した人たちへのメッセージであり、またその人たちから第三 者へ、あるいは次代を担う若者へ伝えて頂くためでもある。  人から人へ、心を伝えてゆく事のできる茶の湯の世界、実に私たちの学んでいる事は 豊かであり、大切なものなのである。


[小堀宗実]    [HOME]

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