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茶の湯日記
平和を願う
過日、東京有楽町にある海外特派員協会において茶会を催した。これは、昨年にサン
トリーホールでのタン・ドゥン氏作オペラ「TEA」を観劇された協会の方が、小ホー
ルでの私の呈茶席に入られ、大そう喜ばれ、一度協会で海外の人たちに日本の茶の湯の
素晴らしさを是非紹介したい、という強いご希望によるものであった。
三月の末という事で、皇居を一望に見渡す事のできるロケーションに位置する協会の
窓から桜を賞でながらという趣向である。従って当然この日のテーマは桜を主においた
取り合わせをと望まれ、私もその線に従って道具組みをしていた。
ところがその数日前にアメリカによるイラク攻撃が開始された。こういった世界を揺
るがす出来事が起こった場合、それこそ海外特派員たる人たち、つまりこのたびのお客
様になるべき人たちは、一番忙しいはずである。またそういう緊張した中で、果たして
多勢のお客様をお迎えできるかという不安も私の頭をよぎり、一端は、延期を協会側に
申し入れたところ、こういう時だからこそ、どうしても開催してもらいたい、との話を
いただいた。そこで、私は、桜というすでに決まっていたテーマに、平和という、世界
中の人々が願ってやまない心を加味し、改めて道具のしつらえを考えた。
平和となれば、茶の湯の心そのものでもあり、また流祖遠州公の心に深く通じる事で
ある。遠州公は、長い戦乱の世から平和建設に日本が動きだした時代、江戸寛永文化の
リーダーとして活躍した人である。その茶の湯は綺麗さびといわれ、戦乱で疲弊した多
くの人々の心に、豊かさを与え、人が互いを思いやる精神、また求道的茶の湯に、もて
なしの心を加味したものである。まさしく今この時にこそ、という思いが私の心の中に
も湧きあがってきたのであった。
一碗の茶をいただく、という簡単にみえる行為の中に、実はどれほどの意味があり、
またそれを準備していく中に、亭主の思いが込められているかなどを、お客様とのやり
とりの中でお話していく事が、私にとっての世界平和への表現でもあると考えた。
当日は私の不安は杞憂におわり、多勢の特派員の方々が参会された。茶会のおわりが
けに、各国の人たちと立ち話をしている時にある人が私の耳にこうささやいた。
「米国とイラク両国の大統領が、この茶の湯の精神をもっていたら」
この一言を聞き私は大変嬉しく感じた。もちろん、世界での悲しい出来事が、一服の
茶で解決されるはずはない。しかし、今日の茶会に参加した人が、この日の私の心を感
じた上での一言である。私が家元となって第一においている目標「茶の湯を通して人の
心を豊かにする」に増々意を強くした次第である。
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