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にぎわい草

皇嘉門院別当

  難波江の葦のかりねの一夜ゆゑ
    身をつくしてや恋ひわたるべき


 『千載集』恋三に「摂政 右大臣の時の家の歌合に旅宿逢恋といへる心をよめる  皇嘉門院別当」と載るのを採ったので、その歌意は、難波の入江に生えている、芦を 刈り取った後の、根の一節のように、難波の旅先でのただ一夜だけの、仮初にかわし た契りなのに、私はこれからはずっと、生涯をかけて、死ぬまで恋い続けることであ ろうか、ということで、たった一夜の旅の仮寝の契りでも、忘れることはできそうに ない、という、忘れかねる恋心を詠んだ歌である。難波江は芦の名所であるので、仮 寝に芦の刈り根、一夜にその一節、身を尽くしてには、やはり難波江の名物となって いた、船の航路を示す澪標、恋い続ける意の恋ひわたるの、?わたる?には渡ると、そ れぞれ縁語を用いて掛詞とし、また更に一夜と身を尽すという、長短を相対させるな ど、技巧が目立ちすぎる。

 皇嘉門院別当は、生没年不詳で、父は太皇太后亮・源俊隆といわれ、皇嘉門院に別 当として仕えたところから、このように称された。別当は、一般的に長官の称として 広く用いられており、この場合は、上皇・女院に奉事する院司の上首の役職にあたる。  皇嘉門院は、保安三年(一一二二)に、『百人一首』第七十六番「わだの原」の作 者である法性寺入道前関白太政大臣こと藤原忠通の第一女として生誕、諱は聖子。父・ 忠通は二十六歳のこの年に従一位・左大臣に叙任され、翌年の二月十九日に五歳で即 位された、第七十七番「瀬をはやみ」の崇徳天皇の摂政に、三十二歳で太政大臣に任 じられる。

 聖子は、大治四年(一一二九)八歳で入内して崇徳天皇の女御となる。この年、父・ 忠通は関白となり、白河法皇は崩御され、鳥羽院政が開始し、翌五年二月二十一日、 九歳の聖子は皇后(中宮)に立つが、十三歳の永治元年(一一四一)十二月七日、鳥 羽上皇の意向により、二十三歳の崇徳天皇は心ならずも、在位十九年間で、譲位され ることになる。十二月二十七日近衛天皇の即位と同時に、聖子は皇太后の位にのぼり、 天皇の准母となり、本院・鳥羽法皇、新院・崇徳上皇、近衛天皇という体制となり、 父は天皇の摂政となる。久安五年(一一四九)聖子二十八歳の年、弟・藤原(九条) 兼実が誕生し、翌六年には、二十九歳にして、院号宣下により皇嘉門院と号する。

 そして保元元年(一一五六)七月十一日、崇徳院の稿で記したように、保元の乱と なり、合戦に敗れた崇徳上皇は讃岐国に配流される。この年、三十五歳の皇嘉門院聖 子は、落飾して清浄恵と称したが、更に長寛元年(一一六三)四十二歳にして剃髪し、 法名を蓮覚と改める。翌二年二月十九日父・忠通が六十八歳で没し、八月二十六日崇 徳院が四十六歳で崩御、仁安元年(一一六六)蓮覚と改名した皇嘉門院四十五歳の年、 弟の兼実は十八歳で右大臣に進んでいる。そして養和元年(一一八一)十二月五日六 十歳で崩御される。皇嘉門院崩御の時、皇嘉門院別当は生存しており、尼となってい た。

 皇嘉門院別当の生涯は、ほとんど知られていないが、皇嘉門院聖子のもとで、政局 の変動に流されながら、女流歌人として活躍し、聖子の弟・兼実家の歌合に出席して いる。

 兼実は、十八歳から、文治元年(一一八五)三十七歳で、摂政・関白に準ずる職で ある内覧の宣下を受け、翌年三十八歳で摂政・氏長者となるまで右大臣を勤め、この 間において、二十五歳の承安三年(一一七三)から、三十一歳の治承三年(一一七九) まで七年間に、おそらく十度前後、血縁関係にある近臣を中心とした人達を自邸に招 き、歌合の会を催しているが、完全に証本が存在しているのは、安元元年(一一七五) 十月十日に行われた『右大臣家歌合』と、治承三年十月十八日の歌合だけで、この皇 嘉門院別当の和歌も、『千載集』の詞書から、この間の兼実家の歌合であることは判 明するが、いつの時かは不明である。因みに、安元元年と治承三年の歌合に載る、皇 嘉門院別当の詠歌は五首である。

 『右大臣家歌合』安元元年十月十日。判者は藤原清輔朝臣。
  落葉 四番 左勝 女房皇嘉門院別当
   一むらも枝にこの葉のとまらねば 庭をぞ秋のかたみとはみる
  初雪 一番 左勝 女房別当
   めづらしと神もみるらん榊葉に しらゆふかくる今朝の初雪
  暁恋 十番 左持 女房別当
   鳥の音も我もかはらぬあかつきに かへりし人の影ぞ恋しき
 『右大臣家歌合』治承三年十月十八日。判者は皇太后宮大夫・入道釈阿(俊成)。
  十番 月 左勝 別当局皇嘉門院女房
   てる月のすがたばかりはおもなれて 影めづらしき秋のそらかな
  十八番 祝 左持 別当局
   君が代の末をはるかにみかさ山 さしながらこそ神にまかすれ


[小堀宗慶]    [HOME]

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