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にぎわい草
皇太后宮大夫俊成
世の中よ道こそなけれ思ひいる
山の奥にも鹿ぞなくなる
『千載集』雑中に「述懐百首の歌よみ侍りける時鹿の歌とてよめる 皇太后宮大夫
俊成」とあり、俊成の家集『長秋詠藻』によると「堀河院御時百首題を述懐によせて
読みける歌 保延六・七年のころの事にや」とある。
「堀河院御時百首題」とは、「堀河太郎百首」あるいは「堀河初度百首」とも称さ
れる『堀河百首』は、堀河天皇の長治二・三年(一一〇五・六)頃に詠進されたと考
えられる、最初の多人数百首・組題百首であり、この時は十六名の歌人が詠進してい
る。
「百首題」は百の題が組み合わされていることで、「立春」「子日」から「述懐」
そして「祝」になる百の題が出されて、和歌を詠じたわけで、この「堀河百首題」は、
その後の多くの歌人により詠み継がれていて、俊成もこの題どおりに百首詠じている。
『長秋詠藻』は、六十五歳の治承二年(一一七八)の夏、仁和寺宮守覚法親王の御
召により自撰して、中国の皇后宮の名称「長秋宮」に因んで命名、献上した家集で、
この『百人一首』の歌は、その詞書「保延六・七のころの事にや」からして、二十七・
八歳の頃の作となり、定家がなぜこの歌を撰んだかは定かではないが、決っして俊成
の代表作とはいえない。俊成が生前、御自分で勝れた歌とおもわれるのは、と尋ねら
れた際に挙げたのは、
夕されば野辺の秋風身にしみて 鶉鳴くなり深草の里 (千載集・上)
であり、秀歌は多々あるが、その中でもよく知られている、一首を記しておく。
昔おもふ草のいほりの夜の雨に 涙なそへそ山ほととぎす (新古今・夏)
この「世の中よ」の歌はというと、詞書によると「述懐」ということで詠まれてい
て、述懐とは心中でのおもいを述べることで、俊成が詠じた頃は、白河・鳥羽の院政
時代で、天皇も崇徳帝から近衛帝へと移りゆく、皇室内・摂関家の、内紛が激しさを
増していて、それに加えて、武士の権力が増してきており、世の中の状勢が大きく変
わる、兆候が現われ出してきたといえ、俊成の心情も穏やかざるものがあったのであ
ろう。
この世の中は、たとえ意に添わない憂き世とはいえ、そこをさけようにもどうにも
ならず、逃れる道はどこにもない。その世の中から逃避しようと、深く思い込んで、
こんな山の奥にわけ入って来たのに、来てみればやはりここでも、人間社会と同じよ
うに、鹿が悲しげに鳴いている。人間社会の煩わしさを厭って、山の奥へでも逃れた
ら、心安らかになると思っても、そこも憂世と変わりはないという、厭世観を表現し
ており、当時の政道そのものともいえ、俊成は最初は『千載集』には入れなかったが、
後白河院の特別の勅命により二十五首を入れられた時に、入撰したと伝えられる。ま
た、第四句の「山の奥にも」は、松平不昧が「宝物」として秘蔵した小倉色紙には
「山の中にも」となっている。
藤原俊成は、通常「しゅんぜい」と音読され、永久二年(一一一四)に御子左家三
代の権中納言・藤原俊忠の三男として生まれる。御堂関白・道長の玄孫になる。十歳
で父が没し、藤原顕頼の養子となり、顕広と名のり、十四歳で従五位下・美作守に叙
任し、その後、加賀守、遠江守、三河守、丹後守・左京権大夫、左京大夫を歴任し、
従三位まで昇叙した。
五十四歳の正月二十八日に正三位に叙爵、十二月二十四日に御子左家に復し俊成と
改め、京都・五条に住したところから「五条三位」とも呼ばれ、翌年には右京大夫に
任じられた。五十七歳で後白河天皇の皇后宮大夫を兼任するが、皇后は、甥の後徳大
寺左大臣・実定の同母妹・忻子で、姪にあたり、翌年には備前守をも兼任し、五十九
歳の二月十日、忻子が皇太后になると、皇太后宮大夫に任官する。そして、六十三歳
の九月二十八日、病が重くなり出家、法名を釈阿とし、元久元年(一二〇四)十一月
三十日、九十一歳で入寂する。
歌人としては、十八・九歳頃から作歌を始め、二十五歳で藤原基俊に入門したが、
歌学においては基俊の、深い古代的知識に基づく、伝統的発想や表現を重視し、優雅
で格調高い作風に傾倒したが、作歌においては、新奇な用語を用いたり、珍しい趣向
を重んじた、きわめて革新的な、源俊頼に私叔したと伝わる。
四十七歳の時に成った、崇徳院の『久安百首』に作者に選ばれてから一層声望が高
まり、歌壇の指導者としての地位を得、後白河院の院宣により単独で、『千載集』を
七十四歳にして成立させ、それ以後ますます円熟味を増し、八十四歳で後白河院の皇
女・式子内親王に歌論書『古来風体抄』を献上、八十八歳の七月に設置された和歌所
の寄人にも加えられ、九十歳の十一月には、歌人としての功により、後鳥羽院から?
九十の賀?を賜わる。
俊成の追求した歌は、?幽玄美?であり、いわゆる?新古今時代?の歌人を育成すると
ともに、?中世の歌学?に多大な影響を与えたといえよう。
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