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にぎわい草

後徳大寺左大臣

  ほととぎす鳴きつるかたをながむれば
    ただ有明の月ぞのこれる


 『千載集』夏に「暁ニ聞ク二郭公ヲ一といへる心をよみ侍りける 右大臣」とある、 藤原実定の詠歌である。『千載集』に右大臣とされているのは、この歌集が、藤原定 家の父・俊成により撰集されたのが、文治三年(一一八七)で、実定がその前年の文 治二年、四十八歳で右大臣に任じられていたからである。

 後徳大寺左大臣と称されていたのは、徳大寺家の祖である、実定の祖父・実能が左 大臣に任じられて、徳大寺左大臣と呼ばれていたために、実能と区別するために、後 の徳大寺左大臣という意味で付けられた呼称である。

 前にも記したように、『百人一首』においては、作者がその歌を詠じた時の身分で はなくて、最終の地位が記されているということである。

 藤原実定は、平安時代末期の、崇徳天皇の保延五年(一一三九)に、右大臣・公能 の嫡男として生まれる。母は権中納言・藤原俊忠女の従三位豪子で、俊成の妹になる。 従って、俊成の甥であり、定家は従兄にあたる。

 実定の家は、先々回の「左京大夫顕輔」の稿で記した、閑院家・実季の子の公実か ら、三人の男子、実行が三条家、通季が西園寺家、実能が徳大寺家の、各々の祖となっ て興した、徳大寺家であって実能の妹が待賢門院璋子で、白河院の猶子として、鳥羽 天皇の中宮となり、崇徳・後白河両天皇を生んでいる。

 徳大寺家は、転法輪三条・今出川・花山院・大炊御門・西園寺・久我家と「七清華 家」といわれ、摂関家の次ぎで大臣家の上に位して、大臣・大将を兼ね太政大臣まで 昇り得る家柄となり、初代の左大臣・実能の女で、実定の父・公能の妹になる育子は 二条天皇の、公能女で実定の妹の、忻子は後白河天皇の、多子は近衛天皇の、皇后と なっている。

 このような徳大寺家と、七十六番の「崇徳院」や七十九番の「左京大夫顕輔」で記 した皇室の、白河天皇から堀河・鳥羽・崇徳天皇にいたる状況、を背景に生まれた実 定は、同い年の近衛天皇が三歳で即位すると同時期に従五位下に叙爵され、十二歳で 左近衛権少将となり、近衛天皇崩御の久寿二年(一一五五)には十七歳で正四位下に 叙せたれ、近衛天皇の後継は、鳥羽天皇の第四皇子が践祚し、後白河天皇となられる。  翌・保元元年(一一五六)十八歳で従三位・左近衛中将に叙任し、妹・忻子が後白 河天皇の中宮になることにより、中宮権亮も兼ねる。同三年二十歳で正三位・権中納 言になるが、この年、後白河天皇は三十二歳で、僅か三年余の在位で譲位し、それ以 後は、二条・六条・高倉・安徳から後鳥羽天皇の、五代三十四年に渡り院政を敷き、 源頼朝が征夷大将軍に任ぜられる半年前、実定より三ヶ月程長生きして、六十六歳で 崩御される。

 実定は、後白河院の院政のもとで、二条天皇の永暦元年(一一六〇)二十二歳で中 納言、翌年には父を亡くすが、その翌年の応保二年(一一六二)二十四歳の時、叔母 ではあるが七歳年下の育子が、二十歳の二条天皇の皇后となり、実定も従二位に叙さ れる。この頃の天皇は、二条天皇が二十三歳、六条天皇は十三歳、高倉天皇は二十一 歳と、皆様短命で、高倉帝・第一皇子の安徳天皇は八歳で入水されており、高倉帝・ 第四皇子の後鳥羽天皇が、平安末期から鎌倉初頭にかけ、三歳で践祚して十四年半在 位されている。

 実定は、二十六歳の長寛二年(一一六四)権大納言、翌年に辞任し正二位に昇り、 三十歳の仁安三年(一一六八)の頃、高倉天皇の皇后大夫となり、三十九歳で権大納 言・左近衛大将、四十歳にして内大臣に進み、四十八歳で右大臣、五十一歳で左大臣 に任ぜられる。しかし、五十二歳で左大臣を辞し、五十三歳で病にかかり出家し? 十二月十六日没す。源頼朝が征夷大将軍となり、鎌倉時代が始まる前年のことである。  実定のこの歌の意味は、夜が明けかける頃に、待ちに待った?ほととぎす?が鳴いた ので、早速に声のした方角の空を眺めると、すでにその姿は見えずに、空にはただ有 明の月だけが残っているばかりである、ということである。

 「有明の月」とは、陰暦で十六夜以後で、だいたい二十日頃になると、夜が明けても、 うっすらとはしているが、まだ天に残っている月影を見ることができる。

 「ほととぎす」は、杜鵑・時鳥・子規・郭公・不如帰等々と書かれるが、日本には五 月頃に渡来して、八月から九月にかけて南方へ去る、いわゆる渡り鳥であり、昔から その鳴き声が夏を告げる?初音??一声?として、待たれており、多くの歌人が歌に詠じ ている。また画題としての?月前のほととぎす?はまさに、この実定が見ることができ なかった、有明の空を飛ぶほととぎすであり、なかなか見ることは、難しかったよう である。


[小堀宗慶]    [HOME]

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