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にぎわい草

法性寺入道前関白太政大臣

  わたの原こぎいでてみればひさかたの
    雲ゐにまがふ沖つ白浪


 『詞花集』巻十雑下『新院 位におはしましし時 海上遠望といふことをよませ給 けるに詠める 関白太政大臣」による、藤原忠通の詠歌で、その家集『田多民治集』 によれば「保延元年四月内裏歌合 海上遠望」とあり、保延元年(一一三五)四月二 十九日の内裏歌合の際に詠まれたことがわかる。忠通三十九歳、詞書にある「新院」 は崇徳上皇で、「位におはしましし時」とは、七十五代天皇在位中ということである。  因みに、忠通の作者としての表記が、『詞花集』には「関白太政大臣」とあるのに たいし、『百人一首』では、かるた遊びで読み手が、その名があまり長いので、「ひ と息ついて わたの原はよみ」と古川柳がいうように、『法性寺入道前関白太政大臣』 とするのは、『百人一首』の位のよる呼称は全て、各人の最後の地位で記されている からである。

 この歌は、いわゆる「題詠」であり「即詠」であるが、その条件を感じさせないほ ど、実に雄大な景観を詠じており、我が国における中世叙景和歌の秀逸と評価されて いる。

 歌意は、広々とした大海原に舟を漕ぎ出して、遙か彼方を眺めやると、空の雲とみ わけがつかないほどに、その一体となったような様子で、沖の白波が立っていること であり、誠に雄大な風景であることよ、ということである。  「わたの原」は海原で「わた」は海をいい「わだ」とは濁らない。「久方の」は枕 詞で本来は天で、転じて天空に関係のある天象の日・月・雲などに係る。「雲ゐ」の 「ゐ」はもと動詞「ゐる」の連用形からの名詞で、「雲居・雲井」などと表記し、雲 のかかっている所、すなわち空の意味から、通じて雲の意ともされている。「まがふ」 は、まぎれる・みわけがつかない・区別ができかねるの意で、「沖つ白浪」の「つ」 は「の」に当る。

 「わたの原こぎいでてみれば」と、広やかさを呈した大様な心情で読み始め、「沖 つ白浪」と名詞止めできっちりと締めた手法で、自然の景と歌の調子との一致を、見 事に成し遂げているといえよう。

 当時の風潮である、自然の観察を緻密にして、景観を絵画的に写し表記させようと する傾向にあっても、この歌は、広大なる海の中にあって、遙か遠方の沖合、水平線 の辺りに注目し、凝視した結果の表記といえ、その風潮を遺憾なく発揮させている。  『栄花物語』『大鏡』につぐ、古代末期の歴史物語『今鏡』には、『古今集』巻九 に、

  ほのぼのとあかしのうらのあさぎりに
  しまがくれゆく舟をしぞ思ふ

   このうたはある人のいはく かきのもとの人まろがうた也 とある、歌聖と崇められる人麿の歌にも恥じないと評判の高いものであったと、記さ れる。

 法性寺入道前関白太政大臣こと藤原忠通は、御堂関白・藤原道長から四代の、摂政 関白忠実の長男として、永長二年(一〇九七・十一月二十一日承徳と改元)閏正月二 十九日誕生。十一歳で元服、十四歳で従三位、権中納言・権大納言を経て、十九歳で 内大臣となる。二十五歳の保安二年(一一二一)関白となり、翌年には左大臣・従一 位となり、その翌年には二十七歳で崇徳天皇の摂政となる。

 大治三年(一一二八)三十二歳で太政大臣に任じられるが、翌年に辞して関白とな る。四十五歳の永治元年(一一四一)十二月二十七日に三歳で即位された近衛天皇の 摂政となる。ここに本院・鳥羽法皇、新院・崇徳上皇、近衛天皇という体系となる。  久安五年(一一四九)五十三歳で再度太政大臣となるが、翌年三月辞して十二月に 関白となる。しかし五十五歳の仁平元年(一一五一)弟・頼長が摂政・関白に準ずる 職である内覧に任じられる。父・忠実の、弟・頼長を寵愛するあまりの仕打といえる。

 五十九歳の久寿二年(一一五五)近衛天皇が崩御され、後白河天皇が位に着かれる と、七月に関白となり、父・忠実と弟・頼長は、近衛天皇を呪咀したとして失脚する。

 そして保元元年(一一五六)「保元の乱」が起きる。この乱は、院政時代の深刻な 対立があった宮廷と、藤原摂関家内部の複雑な葛藤に起因しており、七月二日鳥羽院 崩御を好機とし、崇徳上皇が挙兵し、弟・頼長も加わるが、上皇・頼長が敗れると、 摂関家保全のため、義絶されていた父・忠実の所領を相続し、父の配流を防いだ。

 六十二歳で関白を嫡子・基実に譲り、六十六歳の六月八日法性寺殿で出家し、長寛 二年(一一六四)二月十九日、同所で没した。六十八歳であった。

 忠通は明敏寛厚にして、詩歌・音楽も当代一流とされ、特に書法に優れ、力強い書 風は「法性寺流」と称された。家集のほか漢詩集『法性寺関白御集』、日記『法性寺 関白日記』がある。


[小堀宗慶]    [HOME]

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