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にぎわい草

祐子内親王家紀伊

  音にきくたかしの浜のあだ波は
    かけじや袖のぬれもこそすれ


 紀伊は、生没年不詳であるが、父は平経方、母は一宮少弁、紀伊守重経の妹。兄の 官名により紀伊と称した、平安時代後期の歌人。第六十九代・後朱雀天皇の第一皇女・ 祐子内親王(母は中宮・子)に、母と共に女房として仕えていた。一宮紀伊・中宮紀 伊とも呼ばれた。

 この歌は、『金葉集』第八・恋下に「堀河院御時艶書合によめる 中納言俊忠」の 「返し 一宮紀伊」とあるのによる。

 艶書合とは、『懸想文合』ともいう、歌合の一形式で、左右に分かれ、男方から女 方にあてた恋歌(艶書)と、女方からの返歌を合わせたもので、この歌が詠まれた康 和四年(一一〇二)閏五月の『堀河院艶書合』は特に有名である。

 『堀河院艶書合』の藤原俊忠(俊成の父で定家の祖父)の歌は

 人しれずおもひありそのうら風に
    なみのよるこそいはまほしけれ


と、「おもひあり」の「有」を、越中国の名所・有磯の浦にかけ、?夜のこと?の意を 「波の寄る」に託して、人には知られないで、内密に思っていることですが、風の便 りにてなりとも、夜ひそかに言い知らせたいものですよ、と詠じている。

 それに対する紀伊の返歌が、この「音にきく」の一首で、あの有名な高師の 浜に、音も高々と打ち寄せる波を、うかうかとかけると困ることでしょうと、?評判 の高い?を「音に聞く」として、和泉国の名所・高師の浜の波にかけ、「高師」に?音 が高し?意を込め、「あだ波」の?むなしく立つ波?を?徒人・浮気な人・薄情な人?に 譬、?かけまいよ?の「かけじや」では?波をかける?と?思いをかける?をかけて?浮気 な男と縁は持つまいよ?の意とし、?袖が濡れて困る?のは涙によってであって、?波に 濡れる?という表現で用いられているが、それは?浮気な男のために泣くこと?であり、 この歌の心情は、浮気な男として世間で評判の高い、貴方に言い寄られましても、私 は思いをかけませんよ、結局は捨てられて、嘆きの涙で袖を濡らすはめになるに違い ありませんから、ということである。

 俊忠の、荒磯の浦の波風にたとえて、人知れずひっそりと懐く、男の恋心を打明け 言い寄りたいと思う、歌に対して、その波を中心とする「音に聞く」「高し」「あだ 波」「かけじや」「ぬれもこそすれ」の、縁語を多数用いて即興の返歌としている、 その極めて技巧的な作歌の技倆は、高く評価されている。

 家集に『一宮紀伊集』があり、勅撰集に入る歌は、『後拾遣集』一首、『金葉集』 三首、『詞花集』『新古今集』各二首、『新勅撰集』一首、『続後撰集』四首、『続 古今集』一首、『玉葉集』『続千載集』各三首、『続後拾遣集』四首、『新千載集』 二首、『新拾遣集』一首、『新続古今集』二首、計二十九首である。


[小堀宗慶]    [HOME]

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