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にぎわい草
大弐三位
有馬山猪名の笹原風吹けば
いでそよ人を忘れやはする
大弐三位は、藤原賢子をいう。佐衛門佐藤原宣孝と紫式部との間に生れたるむすめ
である。
上東門院彰子に出仕、母方の祖父・藤原為時の官名から「越後の弁」と呼ばれ、藤
原兼隆と結婚、のちの後冷泉天皇の御乳母に召され「弁の乳母」とも呼ばれた。その
後、太宰大弐・高階成章と再婚し、夫に引き継ぎ従三位の官位を賜りし故、夫の官名
と、この官位により、「大弐三位」と称された。
『後拾遺集』恋三に「かれがれなる男の覚つかなくなどいひたるによめる」とあり、
三位の思う男より、わが疎遠なる事をいわないで、かえって三位の心をおぼつかなく、
疑がわしきよしを云ってきた時に、詠んだ歌で、津の国に「ありま山」という所があっ
て、そのあたりに、猪名の篠原という所もあり、彼有馬山より猪名のささ原さして風
が吹いてくれば、ささの葉がそよそよとすれあう、其そよという事にして、まことに
それよ、来もせぬ人のこころこそ、おぼつかないのに、こなたには、わすれはせぬも、
という事である。
もう少し具体的に云えば、あなたは久しく私を御訪ねくださらぬのに、それは棚に
あげておいて、却って私に心変りでもありはせぬかと、お疑いですが、さあその事で
すが、間遠なあなたはわかりませんが、私は貴方を忘れるような事があるものですか、
決して忘れるような事はいたしません、というような歌意である。
「有馬山」は摂津国有馬郡にある山名。この最初の「有馬山猪名の笹原風吹けば」
は、「そよ」と言う為の序詞で、『万葉集』などにも例がある。「猪名」は摂津国河
辺郡にある。有馬山から猪名野の篠原へかけて風が吹き渡ると、そよそよと音がする
ので、それを「そよ」の序としたのであろう。「いでそよ」―さあ、それよ、まった
くそうですよ、さあ、あなたの事が疑われるその事ですよ。そよそよと風の音を表わ
すと共に「よそよそしい」という意を込めて表わしている。私の変心を疑った男の人、
私によそよそしいあなたを、忘れようか、忘れるものですか。男心の浮ついているの
を、女心の真正直な心をあらわしている。
これは原形を『万葉集』から学び、有馬山を男、猪名野の笹原をわが身になぞらえ
て、人は忘るる心はないが、久しくたよりもなく、相見る事のなきおぼつかなさは、
あなたにはおわかりにはならないでしょう。女性的な物やわらかい歌である。
家集に『藤三位集』(『大弐三位集』)があり、四十九首が収められている。勅撰
集には三十九首が載る。
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