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にぎわい草

文屋朝康

 白露に風の吹きしく秋の野は

 貫きとめぬ玉ぞ散りける



 古代の人達が、白露を清らかな玉と見立てた思想が、和歌の中に多々出てくる。朝 康の歌で同時の作と思われる歌が『古今集』秋上の部に、


 秋の野におく白露は玉なれや

 貫きかくる蜘蛛のいとすぢ



というのがあり、夏の部の僧正遍昭の歌にも、

 はちす葉の濁りにしまぬ心もて

 何かは露を玉とあざむ



等、白露を貴く清いものとして、歌の中に表現しているのである。

 この詠歌は、『後撰集』秋中に、「延喜の御時歌めしければ」(三〇八)とあり、 白露を動的な立場からとらえている。右にあげた「秋の野に」の歌は静的であって、 何れも白露を清らかな玉と見立てての作歌である。

 歌意は、草葉の上に置かれた白露に、秋風のはげしく吹きつける状景は、丁度、糸 緒に貫き通して、つなぎとめることの出来ない玉が、散り乱れているように見えて、 美しいながめである。秋の野の鮮明な活写の、歌の心が理解出来る。古代人の自然に 親しむ、真面目をよく表している。

 朝康の父祖は詳 かでない。文屋康秀の子で、大膳少進から大舎人允に進んだとい われている。清和天皇の貞観(元年は八五九)から醍醐天皇の延喜二十二年(九二二) の頃迄在生していた事は、朝康の詠歌の詞書によって知る事が出来る。推定六十四年 の生涯であった事になる。

 勅撰集に入る歌は、『古今集』一首、『後撰集』二首で計三首に過ぎない。其の他 『寛平御時后宮歌合』『新撰万葉集』上「秋歌」『秀歌大略』『近大秀歌』その他に も出ている。

 『新選万葉集』という書は、『菅家万葉集』とも云って、寛平五年の『后宮の歌合』 の歌と『是貞親王家歌合』の歌とを、あつめて撰したものであるが、この書に此の 「白露に風の吹きしく」という歌を載せてあるので、『後撰集』に、「延喜の御時歌 めしければ」という詞書を添えてあるのは、いささか不審に思われる。が、此の歌は、 是貞親王の歌合の時に朝康の詠まれたのを、後になり、延喜の御時に奉ったという事 で、この歌の詞書が前記のように、記されたものであろうか。

 歌集に入る歌が少く、出生も確かなものがないので、伝記も記する事があまりない 事を了承していただきたい。


[小堀宗慶]    [HOME]

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