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にぎわい草

春道列樹(はるみちのつらき)


 山川に風のかけたるしがらみは
             流れもあへぬ紅葉なりけり


 従五位下雅楽頭親名宿禰の一男。醍醐天皇の延喜二十年(九二〇)文章生から六位上 壹岐守に任ぜられ、又、出雲守に転じた。『三代実録』によると、清和天皇の貞観六年 (八七四)五月に、右京の因幡権掾正六位上・物部門起という人に、春道宿禰という姓 を賜った、という事が記載されている。

 山川=は山中を流れる川。山中にある川は山川と濁る。ヤマカワと清む時は、山と川 の意である。かけたる=柵 を懸け渡してある。「しがらみ」=とは水を堰きとめる為 に、川中に杙を打ち並べ、これに雑木やかけ竹等を横たえ、からませた設備。「柵」の 字を当てる。流れもあへぬ=流れも敢へぬ、流れる事を敢えて為し得ぬ、流れようとし ても流れきる事ができない。流れもおおせぬ=流れることも出来ない。今回は、今日通 常の会話等では出てこない言語が出てくるので、先ずその語訳をして、歌意を深めるよ うにした。

 谷川に、紅葉の落葉が引っかかり、流れることも出来ないで停滞しているのを、風が かけた柵 だと見立てている。今日的に見ると、如何にも説明的に見えるが、当時の耽 美的な、風を擬人した所や、如何にも理知的に見えるのは、当時の風尚の代表的な表記 といえる。また、最後の句を「木の葉」とせず「紅葉」とした所等は、谷川の碧の水に 対する色彩感があり、一首を印象的に躍動せしめている。

 この列樹の詠歌は、『古今集』秋下、「しがの山越にてよめる歌」として出ている。 志賀山越というのは、山城の北白川の瀧のかたわらから上がって、如意が嶽越に、近江 の志賀へ出る道である。歌を今度、眺め詠んで見ると、此の山河に柵はかけてあるのは 見えるが、よくよくみれば、人が懸けたしがらみではなくて、風が自然にかけたもので ある。それは水上より流れきて、流れることの出来ぬ、木の葉や木のはしくれなどが、 よどみたまって柵のようになっているのだ。人為的に作ったしがらみではなく、自然の 状態で出来た柵に、山の紅葉が流れたまっている風情が、大変美しいと詠者は感じたの であろう。

 この歌を本歌としたと思われる歌を記す。

 山川に風のかけたる柵の
             色に出でても濡るる袖かな
(壬二集下)

 山川に春行く水はよどめども
             月にとまらぬ花のしがらみ
(続拾遺集春下 後久我太政大臣)

 山川に冬の柵かけとめて
             猶風寒くこほる春かな
(新後撰春上 光明峯寺入道前摂政左大臣)

 渡るべき物とも見えず山川に
             風のかけたる花の浮橋
(新後拾遺雑春 正三位通藤女)

 勅撰集に入る列樹の歌は、古今三首、後撰二首合計五首である。 


[小堀宗慶]    [HOME]

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