にぎわい草6月

にぎわい草

五色不動

紅心 小堀 宗慶 

 私は今年、米寿を迎えた。去年の春、記念の作品展を開くよう、朝日新聞東京本社
の文化事業部が企画し、目黒区立の目黒区美術館で、平成二十二年六月五日(土曜日)から七月十一日(日曜日)まで開催されることが決定された。

 目黒は今、東京二十三区の区名ともなり、山手線の駅名にもなるが、江戸時代は長
らくの間、江戸市中には入っておらず、農地であり、徳川家光は度々に渡り、鷹狩り
に訪ずれており、この地の由来とも言われる、目黒不動尊のおわします地であった。
 目黒不動尊は、天台宗・泰叡山瀧泉寺といい、江戸時代以前から信仰を集めていた
が、寺伝によると、大同三年(八〇八)慈覚大師円仁が、下野国(栃木県)から比叡
山に赴く途中に、不動明王像を安置して創建したということである。

 不動明王は、不動威怒明王と称し、真言宗・天台宗の密教にて、五大明王・八大明
王の主尊であり、大日如来が一切の悪魔・煩悩を降伏させるために、姿を変えてこの
世に現われた、その教えを示す使者で、密教の代表的な忿怒の相をとる。

 不動明王は、日本の密教の伝道者の一人である、弘法大師空海の守護仏が大日如来であり、その使者としても、空海が入唐する際に先導したとされる「波切不動」との
縁とも相まって、平安時代初期からの、日本における密教の盛行と共に、不動信仰は
隆盛となり、今日までも長く続いている。不動明王像は仏教美術において、絵画や彫
刻などにより、優れた作品が伝わり、特に滋賀園城寺の黄不動、高野山明王院の赤不
動、京都青蓮院の青不動の「三不動」は知られ、それぞれがその色で御身が描かれて
いる。

 東京の「五色不動」は、言い伝えによると、江戸時代に徳川三代将軍・家光が、天
海大僧正の進言により、中国の陰陽五行説にもとずき、江戸の地の守護・天下泰平の
ために、江戸市中を囲むような、東・西・南・北・中央にあたる、五箇所の地にかね
てから安置されていた不動尊を選び、それぞれを表わす色である、青・白・赤・黒と
黄を配したということである。

 この江戸の「五色不動」は、天台宗の高僧であり、江戸市中を守るために、鬼門に
当たる上野に東叡山・寛永寺を建立した人物でもある、天海大僧正による陰陽五行説
に由来していることであった。平安時代の「三不動」の仏画が、黄・赤・青それぞれ
で彩色されているのとは異なり、決して目が各々の色をしているということではない。
その色そのものに、密教の示す重要性が込まれていたわけで、それ故に「五不動」の
存在価値があった仏像ということで、庶民の信仰を集めていたのである。

 今、目黒・目白の地名はよく馴染んでいるが、そのもととなったのが、「不動尊」
にあったことは、あまり知られていない。