にぎわい草12月

にぎわい草

「 鎹 」と「絆」

紅心 小堀 宗慶 

 日本で長く使われている「漢字」には、各々に意味がある。その漢字が、「常用漢字」や「当用漢字」の名称で、へってきていた。やっと、昭和五十六年(一九八一)
十月に、再び「常用漢字」とし、千九百四十五字と増え、その後も見直されてきたが、府県名の字が全て、「箸」や「膳」といった日常使う物の漢字が、「常用漢字」に入
れられたのは、最近のことである。

 増えてきたとはいえ、それでもまだまだ少ない。目で見て意味のわかる、常に身近にしておきたい「漢字」は沢山ある。

 読売新聞八月二日の『よみうり時事川柳(長井好弘選)』に、
  鎹 を知らぬ世代が子を虐め  (春日部・江口 徹)
とあった。近頃は若い親が幼い子供を虐待する、事件が起きている。「鎹」は、日本で作られた、金扁に送の会意文字で、二つの素材の合せ目を、つなぎ止めるために打ち込む、コの字型に両端が曲がった釘のことである。そこから、夫婦の間をつなぎ止めるものとし、「子は鎹」といわれるようになる。鎹という金具に託して、子供は夫婦をしっかりとつなぐ、重要な存在である、ということであるが、鎹そのものの機能と使われ方が、多くの人達の目にふれられなく、「子は鎹」ということも、正確に理解されなくなっている。

 今から三十六年前の昭和四十九年のこと、ある雑誌の依頼により、慶応義塾大学の池田弥三郎教授と対談した折、先生の話されるには、学生に「子はかすがい」の意味を尋ねたところ、ある生徒が立ち、『子供は、あまり頭が良いと、安保反対のデモや闘争に明け暮れ、親に心配をかけるので、子はカスがいい』と答えたという。
 その世代の子供に当たる世代が、その子を苛めていることになる。

 やはり『よみうり時事川柳』八月十一日の欄には、
  常用に欲しい「絆」と「鎹 」も  (さいたま・池田 のぶ志)

を載せている。二つの字ともに「常用漢字」に採用されていない。「絆」は、糸に音符の半からなる形成文字で、?ひもをぐるぐる巻いてからめること?であり、かきまわ
す?拌?と同系のことばで、すべてのものをつなぎとめる意味となり、そこから、義理・人情などの譬にも用いられている。使われかたは異なっても?繋ぎ止める?ということでは、「絆」も「鎹」も同義語ということになる。

 日本の家族・家庭は、鎹がしっかりと打ち込まれた絆によって成されていた。鎹がはずれ、絆がゆるむと、社会を構成している個々の家庭内はくずれてゆき、社会全体にも影響をおよぼすことになる。その要因は、鎹・絆の字や意味を知らぬ世代よりも、知らしめずに子なり孫を育てた、その前・前々の世代にある。常用漢字に入れなかったのも、その世代のなしたことである。常用漢字に採用を望む前に、はたして、常日頃の躾がしっかりとなされていたのか、問われてしかるべきであろう。