にぎわい草
三方
紅心 小堀 宗慶
茶の湯において「炉開き」のときは床の間には、御神酒を入れた瓶子を一対に、土器を重ねてのせた、三方を飾り、瓶子には、半紙などによる神酒口を挿す。炭点法の後、一同で御神酒をいただく。
炉辺には、「塩・お洗米・鰹節」を土器に盛った、三方を置く。炉を開けた最初の炭点法のとき、炭をつぐ前に、下火のまわりに、塩をまき炉中を清め、その外側に野
山の恵みを代表する米を、更にその外側に海・川の恵みを代表する鰹節をまき、参列者全員で一斉に柏手をうって、祝意を表わし、炉の時期の無事を祈るのである。
炉開きなど神事にならう行事に用いる「三方」は、四方の台の上に、四方の折敷をのせた形で、丸い形をしたのを「丸三方」と称し、?形?をいうように認識している人
が、かなり多いように思われる。しかし、前にも引用した『守貞謾稿』は「膳」に関した部において、
三方ハ 三面ニ眼象アルヲ云 四面ニアルヲ四方ト云 眼象ノ ナキヲ 供饗ト云 惣名ヲツイカサネト云 衝重也
としている。「三方」は、台に施された透しが、三面・三方にあるのをいい、四面・四方にあるのを「四方」とした、ことがわかる。形ではなく透しの数による名称であっ
たわけである。そして、透しの無いのは「供饗」といい、これらを総称して「衝重」とする。
それらの用いかたはというと、身分により区別されていた。
四方ヲ貴人ノ用トシ 三方次之 供饗ヲ其次トシ 皆 庶人 不用之(中略)今 民間 三方ヲ用フレドモ 神供等ニ用フノミ 自用ニハ用ヒズ 古ヨリ庶人用ノハ 禁也
現在「四方」は全く使われてはおらず、その存在すら知られていない。「三方」の本来の語源も知る人はわずかである。
「膳」として「四方」「三方」「供饗」は、貴人・高位の人の用いるものであり、一般人の用いる膳ではなかった。
庶人ハ片木及ビ折敷ヲ用フ(中略)片木ハ削ラザルソギ板ヲ以 テ 製シタル折敷ヲ云 鉋掛ハ削リタルヲ云 片木折敷トモニ足ナキヲ本トシ或ハ足アリ 今云八寸ハ 方八寸折敷ノ畧語也
庶民は折敷を用いていた。折敷は本来足が付いてないものであるが、付けたものもあり、「ヘギ板」ともいうも、「ソギ板」で作られたもの、鉋をかけたものも、同じよ
うに扱っていた。
そして、四隅を切りたるを「スミノ折敷」といい、略してただ単に「スミ」ともいうとあり、四隅を切らざる平折敷は「スミキラズ」というと記す。また、その折敷に、
四隅に足のあるものを「足付」といい、「足打」ともいい、あるいは「木具」というとする。
これらは古くは、檜製であって、漆で塗ることなく、したがって、惣名としても「木具」と称すると述べている。流祖・小堀遠州の残した会記には、会席の膳には
「木具足打」とあり、「スミキラズ」の記述もあり、当時の使われようがわかる。

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