にぎわい草8月

にぎわい草

夏のひや水と薬売り

紅心 小堀 宗慶 

 日本の夏は蒸し暑い。昔は冷房もなく、汗をかくと汗疹となり、特に小児に多く、痒くてやっかいなものであった。最近はほとんど汗疹の話は聞かなくなったが、汗疹
には、桃の葉を入れて沸かした風呂に入ると、なおす効果があると、いわれていた。

 汗をかいて喉が渇くと、冷たい物が飲みたくなるが、江戸時代の人達は、今と違って、冷たい物などないので、清冷な泉の水を汲み、白砂糖を加えて、売られたのが、"冷水"で、それも江戸時代も後期のことであり、『守貞謾稿』には「冷水賣」が載っている。 『守貞謾稿』は、幕末の嘉永六年(一八五三)に喜多川守貞が著した考証随筆で、近世風俗を知る上での貴重な資料であり、それによると「冷水賣」は江戸の呼び名で、冷水の中には寒晒粉の団子と白糖が入り、「ヒヤッコヒ ヒヤッコヒ」と言って売ったといい、京坂では白糖のみで「砂糖水屋」と称していたという。

 また江戸では、富士山の氷穴から氷を運んできて、大樽に浮かして水を冷やし、その水を「氷水」といい、茶碗に入れ白砂糖を少し加え、「氷水 氷水」と言って売っ
ていたということである。

 ところが「氷水」は生水であり、雑菌も含んでおり、若者には良いが、年寄りは中毒をおこす。それを「年寄りの冷水」といった。年とって若い人の真似をしてはいけ
ないという、諺のもとである。「冷水」というのは、この「氷水」のことである。

 夏は「水中」や中毒にかかりやすい時期であり、昔の人は、中毒したときの解毒剤を、身近なところから、見出している。枇杷の葉はその代表的なものの一つで、葉の裏側の毛を取除き乾かしたものを、煎じた「枇杷葉湯」は、民間薬として広く普及していた。

 枇杷の葉に肉桂や甘草を細かく切ってまぜ合わせたものを煎じた枇杷葉湯は、特に暑気あたりに効能があり、?夏のくすり?として売られていた。『守貞謾稿』は枇杷葉湯賣を「消暑ノ散薬(粉薬)」として、「京師・烏丸ノ薬店ヲ本トス」といい、「京坂ハ巡リ売ルヲ専 トシ」、大坂の元締の舗は天満にあり「御存本家 天満難波橋朝
田枇杷葉湯云々」と言いながら売り歩いたが、「江戸ハ橋上等ニ擔筥ヲ居テ息ヒ賣ヲ専 トス」と、江戸と京坂の売り方の違いを記す。

 夏のくすりといえば「定斎」が知られていた。豊臣秀吉から、和泉国堺の薬種商・定斎が、明人の薬法を授けられて製し始めたと伝わる煎薬で、消暑の薬とされ、夏期の諸病にも効果があるという。『守貞謾稿』は「薬名 和中散ヲ本トス」と記し、江戸でも大坂でも、売り歩くのは「夏月ノミ」としている。特に江戸の売薬行商人であ
る定斎屋は、薬の効能を自から示すためか「炎暑ニモ笠ヲ用ヒズ」売り歩いたと伝えるが、一番の特徴は、天秤棒でかついだ一対の薬箱の、引出しに付いた引き手の鐶をカタカタとならすことで、「夏の音」であった。その音を知る人も、少なくなった。