にぎわい草
上元・中元・下元
紅心 小堀 宗慶
かつて、歳暮や中元を虚礼として、廃止しようとする風潮もあったが、今でも社会儀礼の一つとして、古い歴史を有す中元の風習は、根強く廃れることなく、続けられ
ている、夏の行事である。
中元は、仏教の「盆」と結びついたことから、日本でも広く行われてきているわけであるが、それは「生盆」とか「生御霊」と称される習俗の、一般化したものと考え
られている。この行事は、生きた御霊も、盆のうちに拝むという風習があり、両親を盆にもてなす儀式とされ、そのときの食物や賜り物をも示すという。
盆は、「盂蘭盆」ということは衆知のことであるが、仏教以前にインドには、農耕儀礼として行われていた、供養の行事があった。「盂蘭盆会」は、このインド古来の
行事を取入れ、祖霊・死者供養のための祭であったが、中国に仏教とともに、この風俗も輸入されると、当初は純然たる仏教の行事であったのが、供養する範囲が広まり、父母や親属などの、この世に生存している者にまでおよぶようになる。「生盆」であり「生御霊」がそれである。
また中国には、仏教の伝来以前から、孔子の儒教や老子・荘子の思想などが、人形成の指針となっていた。後漢末には張道陵が、老子を教祖と仰ぐ多神的宗教である道教の基を作る。道教は老荘哲学の系統であり、陰陽五行説や神仙思想、仏教の理念なども取入れ、北魏時代の中頃には宗教として成立し、以後長くに渡って、中国の文化や民族の信仰・習俗などに、多大な影響を及ぼしてきた。この道教の説える三官信仰に基づき、天の神様・天官を祭る正月十五日を上元、慈悲の神様・地官を祭る七月十五日を中元、水と火を防ぐ神様である水官を祭る十月十五日を下元とし、三元と称している。
三元を祝う風習は、道教の成立と時を同じくして起きたと思われ、中元と仏教の盆が同じ日であるのは、偶然であるか、仏教以前からの供養の日が七月十五日であり、その日に盂蘭盆会を行うことに定められたのか、今のところは明白ではない。 日本では、上元の一月十五日は小正月として、中元は盆として、社会生活の上での重要な節目となっていたが、下元の十月十五日に、定められた節目として祝う風習は、どこにもみあたらない。
中元は、三元の供養と仏教の盂蘭盆会が結合して、盆の行事となり、「中元」は盆という供養の、供物を贈ることから、七月十五日の贈答の行事、そのとき用いられる品物をも、いうことになる。 このように、盆の行事となった中元も、もともと、上元・中元・下元のなかの、一つの節目の日であったということである。
「三元」の「元」は本来、万物のもとである天をいい、根本となる日であり、「始 なり」として、元始の意味とするということで、一年の最初の日を「元日」といい、元日の朝を「元旦」というごとくで、「三元」は「三元日」とも称するといわれる。

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