茶の湯日記5月

不傳庵 茶の湯日記 

桜と和歌のこころ

遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 

 今年の桜は実に早かった。先月号でも触れているが、天候不順に慣れてしまっている自分に半分嘆きの気持ちをもちつつも、やはり桜の開花ともなると、心は踊るものである。

  桜散るこの下風はさむからで
  空にしられぬ雪ぞふりける  紀貫之

  世の中に絶へて桜のなかりせば
  春のこころはのどけからまし 在原業平

などの和歌にみられるように、日本人は人の生き方、感情の移ろいなどを桜に例えることが多い。蕾、ほころび、開花、満開、散り際などの一つひとつの事象を、自分自身のそのときの感情に照らし合わせるのが日本人の美しい心の表現といえるのではないだろうか。

  古への奈良の都の八重桜
  きょう九重に匂ひぬるかな 伊勢大輔

 これは百人一首にも所載されている有名な和歌であるが、そこには一つのエピソードがある。この歌が詠まれたときは、都は平安京であり、すでに奈良の都(710~784)は、“古へ”の都であった。そして一条院の中宮彰子のもとへは毎年奈良から八重桜が届けられる習わしがあった。当時、その八重桜を受け取る役は、才女中の才女と自他ともに認めるところの紫式部であったのだが、このときはその大役を伊勢が譲られるかたちとなった。宮中ではまだ新参の伊勢に対して、藤原道長が花を受けるなら和歌を詠んでみなさい、といい、即興で詠んだのがこの「古への……」であった。いにしへと今日を対比させ、また八重に対して宮中の意味をさす九重を照応させた機知にとんだ技巧と、八重桜の美しい姿を例に、いにしへの都の栄華は、今の帝の御代ではさらにいっそう輝いているといった深い意味をもったこの歌で、伊勢は大いに面目を施したということである。

 私はさらにこの歌にもう一つの意味をもたせたいと考えている。それは紫式部から伊勢へのバトンタッチということである。

 世はまさに、明年4月をもって平成の世が終わり、5月には新天皇の即位が行われるという、時代の大いなる転換期を迎えようとしている。世代交代は世の常であり、その流れが、いかにスムーズに安定して行われていくかは、非常に重大である。そういった今日この頃に、私はこの歌の意味を見い出したのであった。

 最後に、平昌での冬期オリンピックにつづき行われたパラリンピックにおいても、日本人選手が大活躍されたことに大いに敬意を表したいと思う。