茶の湯日記3月

不傳庵 茶の湯日記 

寒い日に

遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 

 今年は、久しぶりに寒い正月、新春となった。聞くところによると40歳以下の人たちにとっては、いままで経験したなかで一番寒い1月、2月ということらしい。この寒さの体感は、私が考えるには、室内と室外の温度差もかなり関係しているのではないか。現代では、各家庭、各部屋の気密性が高いので、すきま風というものが少ないと思う。むしろあまりにもキッチリ、ピタッと窓が閉じていると、なかには酸欠状態を感じて息苦しく思う人も出ているようである。私は元来、寒がりなので、窓を開けたりしたくないのであるが、それは多くの場面では通用しないようで、稽古場なども一日に何回かは換気をしないといけない。

 古い時代は、空調の完備といったことなどまったくありえなかった。加えて家が古くなれば、障子や襖などの建てつけも狂いを生じてくるので、自ずから、どこともなく風がもれてきたりして、空気は通っていたのである。

 いまから40年くらい前、私の父の大和絵の先生のお宅にうかがうと、真冬でも八畳ほどの部屋に、火鉢が一つ。そしてそこに、炭が少々といった感じで、何回うかがっても、あたたかいと思ったことのないお家であった。このようなことはよくあったことで、私が修行時代に住み込みでお世話になっていた桂徳禅院での生活も同じようであった。私に部屋として与えられていた空間は、四畳半の茶室であった。そこで茶道の稽古をする場合は、炉中に炭を入れ釜を掛けていたのであるが、ふだんはなにもない状態である。しかも寺内の北側にあったため、まったく太陽の光が入らず、本当に寒かった。私は家から持参した比較的厚手のセーターと下着の間に、新聞紙を入れて寒さをしのいでいたこともあった。そのような時代を思えば、私たちの現在は本当に豊かになったと思う。

1月、東京では久しぶりの大雪となった。交通手段は分断され、雪に弱い東京の姿を全国にまた見られてしまった。しかしこれもまた経験である。生まれてこのかた雪かきをしたことのなかった人も、それがどのくらい大変かを知る機会にもなったと考えれば、すべて、私たちの周辺で起こることは勉強になる。