茶の湯日記3月

不傳庵 茶の湯日記 

忖度

遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実 

 いよいよ、四月の末日をもって今上天皇が御退位される。その日が近くなってきている。そしてそのあとには五月の新天皇陛下の御即位と相成り、それにしたがって新元号も明らかとなる。このことは、何度も申し上げているように、日本の国、そして日本人にとっては重要な歴史的出来事である。昨年から今年にかけては、元号の発表がされないこともあり、国民の間では、2019年という西暦ばかりが呼ばれることとなったが、やはり、五月以降は元号もしっかりと根づかせたいと私は考えている。


 さて昨年の流行語の一つに「忖度」があった。本来「相手の気持ちを考える」「相手がなにを言いたいのかを考えること」といった意味をもつ言葉である。言いかえれば、推測するとか、推量することであり、悪い意味ではなく、むしろよい意味で使われる言葉であったはずである。ところが、これが一変して悪い意味の代表となってしまったのが、昨年であった。これはご承知のとおり一連の政治スキャンダルのなかで官僚が政治家に対して、なにか特定の事柄に関して、へつらったり、お世辞、おべっかを使い、自分より立場の上の者に対して気に入られよう、あるいはそこまでではなくとも、物事をうまく運ぼうといった行動に対する意味の言葉に使われてしまったからである。


 日本語のなかには、元来、相反する意味を有する表現がある。茶道の世界で使われる表現に「結構」というのがある。お茶を頂戴したときに発する「大変結構です」というのが最もポピュラーな使用法である。これは「美味しい」という意味がいちばん先にあり、次に、点てていただいた方に対しての感謝の「ありがとう」の意味も含んでいる。次に使用される例が、前述した一つの言葉が二つの意味をもっているもので、それは、お客さまに対して一服差し上げたあとに、さらなるご所望を「いま一服いかがですか」と亭主がすすめたときに、客側が申し上げる返事に「結構」がある。正確には「大変結構(美味しく)にいただきましたので、ぜひ、いま一服頂戴したい」と答えるときのものと、「もう十分頂戴いたしましたので、結構です」の場合である。つまり所望する際も、断るときも「結構」を使うのである。このような例はいくつかあるが、いずれにしても日本語の表現の豊かさに根ざしたものである。


 ところがいまの世の中においては、「忖度」は悪い意味の代表的な言葉となってしまった。日本人の誰もが、その言葉を聞いたときに抱くイメージは、ネガティブになってしまった。一つの言葉のもっていた本来の意とする表現が、ある意味死んでしまったといえなくもない。そういう意味では、日本の政治家の責任は重いと思う。今回は「忖度」という一つを例に挙げているが、いままでもこのような形で日本語が悪しく変化してしまったことは多い。歴史の転換期を迎える今年は、ぜひ、私たちの言葉遣いに注意していきたいと思う。