不傳庵 茶の湯日記
台風の後
遠州茶道宗家十三世家元 小堀 宗実
今年もあと残りわずかとなった。ここまでを通して思うのは、自然の恵みに守られてきた日本人が、むしろその大自然の計り知れない力に驚かされ、時には恐れをも感じさせられたことである。
酷暑ともいえるヒートアイランド現象や、天候に関する不可思議な日本語名称について先号で申し上げたところでもある。十月に入ると更衣という声を聞くか否かという途端に、急に涼しくなった。むしろ秋の夜長を味わう間もなく、早くも初冬を思わせる気候の変化である。
九月後半には台風が日本列島広範囲に猛威を奮った。かくいう私はというと、丁度出張の移動中であった。前日から福岡に出稽古に行っていた私は、常ならば、飛行機で東京に帰るところ、一旦京都に寄る所用があり、博多駅から新幹線に乗った。その頃すでに、台風で羽田の発着便が全て欠航である事は知っていたので、「今日は良かったなぁ」等と気楽に乗車していた。
ところが、小倉を過ぎてすぐの頃に、ただ今この列車の行き先は不明です、との車内アナウンスが流れ、一ぺんに私に緊張が走った。飛行機が飛ばない場合は空港で待機することになるので、例え長時間待っても、飲み物などを売店で買える可能性はある。ところが新幹線の場合、駅に停車しないで、駅と駅の途中に止まる列車も少なくない。駅ならば空港待機と同じであるが、そうでない場合は最悪である。
こんな時、私は先ず、車内で飲み物を必ず購入する。しばらくすると再び車内放送で新大阪止まりになるとの事で少々ほっとした。ようやく車掌が回って来て、新大阪─京都間の指定料金を払い戻すための証明書を配りはじめた。私が、大阪から京都まで行く為の在来線あるいは阪急線の様子を尋ねると、わからないと?も無い。やむを得ず大阪からどうするかと思索し車内で過ごしていた。新神戸を越え、いよいよ新大阪に到着する直前、再び車掌に前述の質問をすると、駅で聞いてくださいの一点張り。結局責任逃れの先送りである。
新大阪の駅に降り立つと大変な人であふれかえっていた。切符の払い戻し場所も案内所も長蛇の列。しばらく呆然としていると、これから名古屋止まりが一台だけ発するとの放送。これはと、急ぎ階段を駆け上り、飛び乗る。ここで払い戻さなかった切符が効を奏した。十五分程して新幹線は名古屋へ向け出発。
動き出して間もなく、私の車両におそらく自由席の券を持っていると思われる十人程の団体が入り、私の周りの席につく。一人が、ここは指定席だからお金がいるのではと言うと、他の人達はこういう時は大丈夫だとの意見。私は、これは後で揉めそうだと感じたので、「皆さんはどこまでですか」と尋ねると、名古屋まで、という答えを聞いて「それは幸運でしたね。この列車だけが名古屋に行くんですから」と和らげてから「でも指定料金はどんな時でもとられますよ」と言って京都で下車した。後の車内を平穏に出来ればとの想いであった

HOME